渡部昇一、林道義、八木秀次著『国を売る人びと』p.164〜168より

言論、学間の自由を神しつぶす不当な”圧力”

八木 危機意識の喚起という意味でぜひとも言っておきたいのですが、学間の自由をフ ェミニズムの攻撃から守れなかった立教大学以外にも、見過ごせない事例が最近、客地の 大学で起きているんです。たとえば静岡県立大学で国際関係学部の教授が、いわゆる南京 事件について、「南京大虐殺で殺害されたとされる人数には、ゼロから三十方人までさま ざまな意見がある」と発言したところ、中国人留学生が反発して履修の取り消しを求め、 大学側は留学生の要求を入れてこの教授を訓告処分にしたというんです(『産経新間』平 成十二年二月十九日付)。 それからあの京都大学名誉教授の勝田吉大郎先生が学長をつとめる三重県の鈴鹿国際大 学でも、この二月に、国際学部の久保憲一教授が地元紙『三重タイムズ』での発言が〃差 別的〃とされて、鈴鹿国際大学の経営母体である学校法人享栄学園から懲戒処分として教 授を解任され、事務職員を命じられるという〃事件〃がありました。

林 〃差別的〃とされた発言というのは、どういうものですか。

八木 三重県にある県立の人権センターの展示に関するインタビューに答えたもので、 「想像以上にひどい。ほとんどが部落問題で古められている。あとの二割ほどが反目、自 虐史観です。どういう子供や日本人を青てようとしているのか疑間に感じるような施設で す。このセンターで真面目に勉強する子供がいたら、将来が本当に心配になります。この ような施設を公費で建設したこと自体疑間ですね」(『三重タイムズ』平成十一年十一月五 日付)というものです。大学側は懲戒の理由として、「『三重タイムズ』紙面で鈴鹿国際大 学教援の肩書で行った発言。これまでの講義方法(東条英機に関する映画の鑑賞を強要する かのような指導等)。公的機関である三重県人権センターに対する誹謗ともとられかねない 発言などが、学園の名誉と品位を害し、生徒・学生の募集に悪影響を及ぼし、関係諸機関 との信頼を署しく失墜させるものであった」と言っています。

渡部 なるほど。

八木 地元の皇学館大学の松浦光修助教援によれば、人権センターの展示物は同和間題 が中心で、そのうち二割ほど近現代史に関する展示があって、たとえば南京大虐殺の写真 パネルには死者が二十万から三十方人だったという説明文が付されているそうです。

渡部 それだけでも、その人権センターは問題ありですね。それに照らして、久保さん の発言が教授織を解任されねばならないほどひどいとは到底思えない。言論の自由、大学 教授としての学間の自由の範囲内のものでしよう。

林 そうですね。この程度で解任されてしまうんなら、われわれご三人はどうなるんで しょうか(笑)。

八木 どうやら人権センターは公共施設でありながら、同和の威を借りた左翼市民団体 の秘密基地であったようで、現在三重県議会でも追及されて明らかになりつつあるところです。久保教授はその地雷を踏んだようなのです。『三重タイムズ』(二月二十五日付)が 独自に取材した上で既に報道していることですが、懲戒処分になる前に、大学関係者と久 保教授の間で話し合いがあって、大学側は自主的に辞めることを求め、県外の大学に転出 するのなら転出先を責任を持って捜すとまで言っています。勝田先生はその場で、「君、 部落間題は本当に恐いんだよ。彼らが大学に押しかけてきたらどうするのかね。そのとき は君に責任をとってもらうしかない。もし君が助けを求めるなら、共産党に助けを求めな ければならない」と久保教授に言っています(同紙)。

渡部  ほう。勝田さんほどの方がねえ。

八木  大学側は、久保教授の発言に関して三重県教職員組合や三重県の同和課から働き かけがあったと言っています。県や三教組(三重県教職員組合)はそれを否定していて、真 相はわかりません。もしかしたら大学当局の自作自演による同和間題への過剰反応という ことも考えられます。想像するに大学当局は、久保教援の発言が三教組や部落解放同盟を 〃刺激〃して、それでなくても難しくなっている学生募集に影響があると考えて、大学の 存統や、学長を含めた関係者の保身のために、久保教授を人身御供にして解任したという ことではないかと思います。『正論』の取材によれば、大学当局は〃廃校の危機〃という表 現を便っています。報道のとおりなら、「憤懣やる方なし」という心境にならざるを得ませ ん。実は私は以前、勝田先生から、教育の間題はタブーの中のタブーである部落の間題に行 き着くので、どうかこのタブーに挑戦し破ってほしい。今の保守はだらしのない保守ばか りですね、という自容の私信を頂いたことがあります。そういう経緯もあったので、この 件に関して『諸君1』平成十二年五月号掲載の座談会の席上で勝田先生の姿勢を含めて批 判的に言及したところ、六月号で勝田先生が「大学の名誉のために一言」と題して反論し てこられました。しかし、「当地の事情」を判ってくれと言わんばかりの内容で、間題の核 心部分には触れない、どこか遠慮した、奥歯に物のはさまった物言いに終始しています。 恐らく〃圧力〃に屈したことに忸怩たる思いがあるのだと思いますが、それにしても、学 生時代にその著書を通して多くを学ばせて頂き、言論界の大先輩として尊敬もしていただ けに残念です。あの朝日新聞が発行している人物事典(『現代日本・朝日人物事典』平成二年 版)ですら、「自由を愛する保守主義者としての一貫性がある」と評し、戦前の滝川事件の 主役、清川幸辰博士の最後の弟子を自任しておられる勝田吉太郎先生が学長をつとめる大 学にしてこうなのかと思うと世も末という思いに駆られます。現代のタブーの一つとなり つつあるフェミニズムも含めて、それらの不当な〃圧力〃の前では言論の自由も学問の自 由もなきものにされてしまうというのが日本の悲しむべき現状なのです。


日本世論の会 三重県支部