■三重タイムズ5月19日号1面トップ記事 ●不明確な久保教授解任理由  問題多い勝田鈴鹿国際大学長の言い分  「慎重さ欠く」発言なし 人権センター批判は正当な提言 --リード--------------------------------------------------------------------  月刊誌「諸君!」六月号に、鈴鹿国際大学の勝田吉太郎学長が「大学の名誉のため に一言」と題して執筆。久保憲一教授問題に言及した。一月十七日付で、久保教授の 教授職解任を行って以来、大学側は沈黙を守り続けてきた。津地方裁判所での審尋に おいては、久保教授側の主張に満足な反論さえ出来ないでいるという。本紙では「諸 君!」での勝田学長の言い分にあまりにも問題点が多く、このまま見過ごすことは、 久保教授の名誉と本紙の社会的信用を危うくすると判断。改めて、久保教授問題の検 証を行った。(編集長・北本 豊)。 ----------------------------------------------------------------------------  学校法人享栄学園(名古屋市・堀敬文理事長)は一月十七日付で、久保憲一鈴鹿国 際大学教授の教授職を解任し、学園本部付事務職員とした。  その理由としては、「平成十一年十一月五日の三重タイムズ紙面で、鈴鹿国際大学 教授の肩書において行った発言。これまでの講義方法等(東条英機に関する映画の鑑 賞を強要するかのような指導等)。公的機関である三重県人権センターに対する誹謗 ともとられかねない発言などが、学園の名誉と品位を害し、生徒・学生の募集に悪影 響を及ぼし、関係諸機関との信頼関係を著しく失墜させるものであった」としている。  今回「諸君!」六月号の中で、勝田学長はこれまでも「久保先生を庇ってきた」と いう。口さがない連中の「久保先生は右寄りすぎる。大東亜戦争聖戦論者だ」などの 噂も耳にしたが、「あえて久保先生を庇ってきた」という。  そして、「ついに久保先生を庇いきれない事態が発生した。それが三重タイムズに 載ったインタビュー記事である。三重県立の人権センター批判の一文がどうみても、 人権同和問題の重要性に関して鈍感かつ著しく慎重さを欠いたものと映じたからであ る」と述べている。  さらに、「教授会は久保教授の学問・思想を裁くのでは断じてない。ただ、同氏の 人権問題に対する慎重さを欠いた言辞が惹起(じゃっき)すべき結果に、同氏は責任 を感じて貰いたい」としている。     勝田学長が「庇いきれない」とした、人権センターについての久保教授発言(本紙 十一年十一月五日号のインタビュー記事)は次の通り。  「市民活動家の山野世志満さんらと行きましたが、想像以上にひどいものでした。 人権センターといってもほとんどが部落問題で占められている。あとの二割ほどが反 日、自虐史ですね。どういう子どもや日本人を育てようとしているのかと疑問を感じ るような施設です。このセンターで真面目に勉強する子どもがいたら、将来が本当に 心配になります。このような施設を公費で建設したこと自体疑問ですね」。  勝田学長は久保教授のこの発言を「人権問題に対する慎重さを欠いた」ものだとし、 「折しも近隣の高校(複数)でここ一、二年の間に教員の差別発言がひきがねとなり、 少なからぬ混乱が発生していた。どうして久保先生はこういう状況のなかでこんな発 言をしたのか。同僚の大半が困惑したのも自然の成り行きというもの」としている。  しかし「諸君!」に掲載された勝田学長の主張には、いくつかの見過ごせない重要 な問題がある。  先ず久保教授解任の理由について、勝田学長は、久保教授が三重県人権センターを 批判し「庇いきれなくなった」からだとしている。その中で、「人権問題に対する慎 重さを欠いた言辞が惹起すべき結果に、同氏は責任を感じて貰いたい」としているが、 具体的になにに対して「責任」を感じて貰いたいというのか、明かではない。  久保教授の発言(人権センター批判)に対して、本紙には“激励”や“賛同”の声 は寄せられたが、抗議や苦情はまったくなかった。久保教授にも抗議などはなかった。 つまり社会的にはなんの問題やトラブルも起こらなかったという事実がある。  「近隣高校の教員の差別発言で混乱が発生していた。こういう状況のなかで、どう してこんな発言をしたのか。同僚の大半が困惑した」と勝田学長は、久保教授を責め るかのように論じている。  本紙には「同僚の大半が困惑した」という情報は伝わっていないが、困惑したので あれば、具体的にどのように困惑したのか。困惑するような圧力でもあったのか。明 確に指摘すべきだと思う。  久保教授は、どこかの高校の教員のように差別発言をしたのではなく、県立の人権 センターのあり方について客観的に問題を提起したわけで、勝田学長の主張(こうい う状況でこんな発言・・・)は、人権センターの問題をタブー視するものといえる。 もっというなら、どういう状況なら勝田学長は人権センター批判を認めるというのか。  久保教授は人権センターの問題について、これまで平成十一年八月と十一月の二回、 関係者数人と人権センターを訪れ、馬場所長らと話し合っている。久保教授の人権セ ンター批判は、勝田学長が問題とした「本紙インタビュー」が初めてではない。  本紙八月二十日号で久保教授(当時は助教授)は、「人権センターになっていない。 実態は同和解放センターだ。もっと人権全般についての啓発をしてほしい」「戦争の 扱いが偏向している。蔵書や展示に日本軍や日本人の加害ばかりが目立つ。日本人が 受けた被害についてまったく触れられていない。戦争は最大の人権侵害であり、一方 が絶対に正しく、一方が悪いというものではない。事実は事実としてバランスの取れ た啓発をしてほしい」と要望している。  これに対して馬場所長は「人権センターは誕生してまだ三年目だ。これまでの長い 同和行政の流れがある。そのため同和関係の図書やビデオなどが多い。今後、内容を 整理するなかで検討したい」などとコメントした。  同十二月三日号では、主に反日自虐史観に基づく展示などが話し合われ、久保教授 は「バランスをとってほしい。明らかに間違っている資料や写真、展示内容は撤去し てほしい。必要以上に自虐的なものはセンターとしても考えてほしい」などと語った。  久保教授の発言の論旨が一貫していることは、これで明らかだといえる。それとも 勝田学長は久保教授の“思想・信条”をこれまで知らなかったというのか。  勝田学長は「(教員適格性審査委員会は)むろん、三重県の人権センターのありの ままの姿をも観察した。人権センターについての評論は必ずしも事実と合致しない。 随分荒っぽいセンター批判であるという指摘も出た」と書いている。  勝田学長は久保教授が行った人権センター批判で、「事実と合致」しない部分があ るという。事実でない部分があるのなら、具体的に指摘すべきだと思う。 久保教授 の身分について、勝田学長は「給与は払っている。いわんや解雇したりしたわけでは ない」と言い切っているが、このような認識はどこから出てくるのか。本紙四月十四 日号に掲載したように、享栄学園側は久保教授側の反論を受けて、二度にわたって辞 令を撤回している。  現在、久保教授は教授職に復帰しているが、それまでは教授職を解任され、学園本 部付事務職員になったり、事務職員兼教授などの辞令が出されていた。  教授を辞めて事務職員になれということは、法律論の以前の問題として、どれだけ 久保教授のプライドを傷つけ、精神をズタズタにしたか。勝田学長は「給与は払って いる。解雇してない」という前に、なぜ久保教授を解任したのか。真の理由を述べる べきだと思う。  現在、津地方裁判所で審尋(非公開)が行われている。久保教授側は、教授に戻し てなぜ講義や教授会への出席を認めないのか、と享栄学園や大学側に反論していると いう。  久保教授は教授職を解任されるまでの勝田学長や大学当局、享栄学園側とのやり取 りを録音テープやメモで残している。本裁判になればこれらが証拠として公開される ことは間違いない。真相はいずれ明らかにされる。 ■三重タイムズ5月19日号4面記事「読者の声」 ●正直な学者はイジメられる  日本には昔から騙したり嘘をついたりする動物に、タヌキとキツネがいる。今回の 久保教授の事件は、その双方から騙されイジメられている感を抱かせる。つまり一方 では、立場的に権威をもって堂々と解任したことであり、もう一方ではその背後でず る賢く圧力をかけ、自分達の非を隠し世間を騙していることである。  「正直者はバカを見る」という言葉は、無力な庶民に対する哀歌のはずであるが、 いまは「正直な学者は、イジメられる」時代なのか。いやはや世の中も変わったもの だ。 東京都・五十嵐昭人 ●三重県の偏向教育明らかに  「諸君!」六月号に載せられた勝田吉太郎鈴鹿国際大学学長の文章は、大学人とし ての矜持をかなぐり捨てて、新設間もない大学経営を守ろうと苦渋に満ちたものと拝 察しました。三重県の偏向教育を進めてきた行政と三教組の恐るべき実態を逆に勝田 先生は明らかにされました。  明治十五年以来、「皇国の道義を講じ、皇国の文学を修める―」ことをもって建学 の精神としてきた皇學館大学ですら、松浦先生や新田先生の言論活動に対し、陰湿な 介入があると聞いています。神宮皇學館時代から優れた教育者を輩出し、学風を慕っ てこの大学に学んだ人も多いと思います。いまこそ三重県の教育界のために言挙げす べきではないかと思います。久保先生、松浦先生、新田先生ばかりを働かしてはいけ ません。 神戸市・素佐男神社 大森 尚