ハイランドを倒した。
その夜。
ハマヤラワ城では盛大な慰礼会が催されていた。
「いやあ、皆無事でなによりだったぜ!!!」
手にした樽のようなジョッキを開けて、ビクトールは上機嫌だった。
元々酒には強い方で、ピッチはぐんぐん上がっていく。
それでも、いい酒だったと自分では思う。
…あの時までは。
「よお、ルビィ。相変わらず隅っこに落ち着いてンなぁ」
程よく酔っぱらったビクトールが、酒場の片隅で一人、酒を飲んでいた隻眼のエルフ、ルビィを見つけて、豪快な足取りで近付く。
手にはすでに新しい酒。
その様子に苦笑しながら、ルビィは自分の向いへと遠慮もなく座った男にグラスを差し出した。
「俺は部外者だからな…。今日の主役はあんたたちだ」
継ぎ足される酒を見つめながら、ルビィは感慨深げに、そう呟いた。
そんな昔の仲間を目を細めて見つめ、
「目出たい席に、誰が主役とかはねぇだろう?」
楽しんだモン勝ちさ、と笑って、ビクトールは手にした酒をラッパ飲みにする。
穏やかに賑やかに、流れゆく喧騒が心地よくて。
二人は暫し無言で酒を煽った。
「しかし…なんだよなぁ」
先に口を開いたのは、ビクトールだった。自分を見つめているのに気付いて、ルビィも口元にあてていたグラスをテーブルに置く。
「今の子供ってのは…皆ああなのかねぇ?ニャンタといい、ワンのスケといい…。行動力ありすぎてこっちがハラハラしちまう」
はあ、と力無い溜息をつく。
その言葉に、彼も色々苦労があるんだろうと察知して、ルビィは苦笑した。
「二人とも、あんたが拾ったんだろ?その二人が揃いも揃って国一つ動かすんようなことをやってみせるんだから、あんたの子供を見る目は確かなんだろうな…」
「子供を見る目が確かって…それ、誉めてんのか?」
「一応、誉めてるつもりだが」
お互い小さく笑って。ルビィとビクトールは改めて乾杯した。
「勝利に」
「平和に」
そして、とビクトールが付け加える。
「生意気なクソガキどもに…」
「なんれすって〜っ?!!」
乾杯、と続けようとしたビクトールの言葉は、突如のボーイソプラノに阻まれた。
「らーれーがー、生意気なクソガキなんれすか〜?」
ルビィとビクトールが驚いて目をやると、そこには同じ位の背格好をした少年が3人、こちらを見つめている。
一人は、この城の主人ワンのスケ。もう一人はトラン解放軍伝説の英雄ニャンタ。その横に立つのはニャンタの親友のテッドである。
据わった目でビクトールにずずい、と迫ったのは赤い顔をしたワンのスケだった。
「ビクトールさあ〜ん?らあれが『生意気な』クソガキなんれすか〜?」
けふ、と吐き出す息は酒臭い。
ルビィが顔を顰めた。
「おいニャンタ。ワンのスケに酒を飲ませたのか?」
やや批難めいたその問いに、ニャンタは肩を竦めてみせる。
「…ワンのスケが勝手に飲んだのさ。でも、今日は無礼講だよ、ルビィ」
「一応、俺は止めたんだけど…」
困ったようにテッドが続ける。
その間にも。
「僕はね〜親友のジョウイまで倒しちゃったんれすよ〜?もうなあんにも無くすものがないんれすよ〜?わかります?僕、今めっちゃ無敵なんれすよ〜?その僕を生意気でクソガキでサルでトリで…え〜とクマだなんれ、どーゆー意味れすか〜?」
誰もそこまでいってないのだが(っていうか、熊は目の前にいる奴だ)
酔った勢いで、ワンのスケはビクトールに絡んでいる。
「わ、悪かったって…」
酔っ払い相手に怒っても仕方がないと思ったのか、ビクトールは困ったようにワンのスケをあやす。
だが、それが却って逆効果だった。
「まらそうやって、人を子供扱いするんら〜大人なんれッ!!!」
言い放つと同時にワンのスケの右手がなんの前触れもなく光り、輝ける盾がビクトールに直撃する。
「どわああっ?!!」
「うわっ…」
吹っ飛ばされたビクトールが、運悪くテッドにぶつかり、二人はもんどりうって倒れ込んだ。
「!!」
「テッド!!!!」
ニャンタは急いでテッドの側に転がっているビクトールを押し退けると、倒れたテッドを抱き起こした。ルビィも慌てて席を立ちテッドの横へとしゃがみ込むと、その額にそっと触れる。
「…脳震盪を起こしてるな。今はあまり動かさない方がいい…」
ルビィが沈痛な面持ちでそう言うと、ニャンタがきっ、と目線を上げる。
「ルビィ…。テッドを頼む」
「ニャンタ…?」
テッドの身体をニャンタから受け取りながら、ルビィはハッとした。
「よせっ…ニャンタ!!」
「裁き!!!!!!」
ルビィの制止も虚しく、容赦のないニャンタの一撃が、酒場を襲った。
そして、静寂。
後に残ったものは瓶やテーブル、椅子の残骸と、突っ伏した何十人かの屍だけだった。
その中にはワンのスケもいたりして。
だがしかし。
「ビクトールがいないっ?!!!」
愕然と、ニャンタは辺りを見回した。
テッドをこんな目に合わせた諸悪の根源(いや、根源はワンのスケなのだが)を逃がしたとあっては、トラン解放軍伝説の英雄、ニャンタ・マクドールの名がすたるというもんである。
きゅ、と小さく拳を握り締めて、ニャンタは隙無く辺りを伺う。
と、小さく揺れる裏口の戸が目に入った。
「逃がさないよ…ビクトール」
口の中で言葉を転がし、ニャンタはにっと口の端だけを吊り上げて笑うと身を踊らすように走り出した。
「ちょっ…待て!!!ニャンタ…」
ルビィの制止の声が、廃屋と化した酒場に虚しく響き渡っていった…。
やばい、やばい、やばい------------っ!!!!
ビクトールは必死の形相で城内を走りながら心の中で叫んでいた。
よりにもよって、ニャンタを怒らせてしまうとは…。
『ちくしょうっ、俺が何したっていうんだッ?! ただ、酒飲んで騒いでただけじゃねーかぁっ!!!!!』
なのになんで今、命が風前の灯なんだよ!!!! ビクトールは泣きたくなった。
喜怒哀楽のはっきりしているワンのスケは、怒る事もそりゃあ多いが、ビクトールにしてみればまだ扱い易い方だ。
しかし、ニャンタは違う。なにがどう違うのかはっきりわからないが、とにかく違うのである。
育ちか、はたまた性格に由来するのか。
今さら考えても詮無き事だが、ビクトールは思った。
『あいつを本気で怒らせたら…確実にコロされる…!!!』
とにかく、今はニャンタの怒りが収まるまで何処かに隠れている事だ。
いや、戦いの決着もついたし、いっそのことこのまま逃げるか?!
そこまで考えた時、流れゆく景色の中に見慣れた青い色が目に入った。
その瞬間思わず、ビクトールは直角に方向転換した。
こつこつと足音を立てて、カミューとマイクロトフは並んで歩いていた。
「マイクロトフ…」
「…なんだ?カミュー」
「その…身体は大丈夫かい?」←なにそれ…。
小さく問われて、マイクロトフの頬が染まる。
「…し、心配は無用だっ」←だからなんのだよ?
答えながらもふいっと横を向いてしまったマイクロトフに優しい微笑みを投げ掛け、カミューはその肩を抱こうとした。
刹那。
「フリック----------っ!!!!」
がばあ!と後ろから物凄い勢いで走り込んで来たビクトールが、マイクロトフの腰に抱き着く。
「うわっ…?」
「マイクロトフっ!!!!」
その勢いを支え切れず、マイクロトフが前につんのめって倒れた。
床に倒れ込んだ二人の姿勢は、まさに『押し倒された』そのままで。
びき、とカミューの心に激しいヒビが入る。
「フリックッ!!!助けてくれ俺は赤い悪魔に殺されるぅぅぅぅぅっ!!!…って、あれ?」
「ビ、ビクトール殿…?どうされたのですか?」
自分の腕の中にいるのは、現状認識が追付いていない困惑気味のマイクロトフ。どうやら必死になりすぎて、マイクロトフの青い服を、相棒のそれと間違えたらしい。
と、そこまで気付いて。
『ちょっと待て…、こいつがここにいるってこたぁ……』
冷や汗が一筋、ビクトールの頬を流れ落ちる。
「ビクト〜ルど〜の〜?」
地を這うような怒りの声が、ビクトールの上から聞こえた。
恐る恐る、見上げれば。
その端正な顔をどうしたらここまで凶悪に見せられるのだろう?という位怒りに引き攣った、カミューの笑顔。
当然のごとく目は笑っていない。
「マイクロトフに抱き着くとは…一体全体、どーゆー御了見なのでしょう〜ね〜?」
慇懃無礼パワー炸裂。カミューからは怒りオーラが迸っている。
「い…いや、そのフリックと間違えちまって…す、すまんっ」
慌ててマイクロトフの上から飛び退くビクトールに冷たい笑みを浮かべて。
カミューは、ジリ、とビクトールに詰め寄った。
「私のマイクロトフを…ブルーサンダーと間違えたですって?! 嘘をつくならもう少し頭を使った方が良いですよ」
じりじり、と少しずつ間を詰めてカミューが吐き捨てる。
嘘など全くついてはいないのだが、確かに普段であれば間違える筈もない。同じ色の服を着ているから、などという理由では。
しかし、今は普段の状況とは懸け離れていて。
だからといって、今のカミューにその説明をしても、わかってくれるかどうかかなり怪しいところだった。
『無理だな…』
「あっ、待ちなさい!!!」
説明しても無理だろうと判断して、ビクトールはその場からとにかく逃げる事にした。
もたもたしていたらニャンタが来てしまう。
それだけは避けねば。
しかし、悪夢は走り出した次の瞬間、起こった。
「見つけたぞ!!! 覚悟しろビクトール!!!!!」
「わわッ?」
先の廊下に仁王立ちのニャンタが立っている。
慌てて踵を返そうとして。
ビクトールは凍り付いた。
「ふふ…逃がしませんよ…」
反対の廊下では、瞳に暗い炎を燃やしたカミューがすらりと立ち阻み、にやりと笑みを浮かべている。
「どうしたんだ、カミュー?」
「いいから、マイクロトフは下がってて」
「?」
親友の異変に首を傾げながらも、カミューの勢いに押されてマイクロトフは素直に引き下がった。
『ソコ、引き下がるな----っ!!!!こいつら止めろ----------------っ!!!!!!』
心の絶叫は、しかし声にはならない。恐怖のため顔が強張り、口が上手く動かないのだ。
「まっ…ま…て」
辛うじて絞り出した声は。
「問答無用!!!!」
「デッドの仇っ!!!!!」
ぴかーん! どどどどどどんっ!!!!!
二人が魔力を使い切るまで続けられた魔法攻撃によって、掻き消されたのだった…。
「ほんと、なんで生きてるのが不思議だよな…」
篭盛りを持って見舞いに訪れたフリックが、ベッドの上のビクトールを見つめてしみじみと呟いた。
包帯でぐるぐる巻きにされた彼のベッドには『絶対安静』の札が掛かっている。
「まあ…酒場の奴等はルビィが『母なる海』でなんとかしたらしいから…。お前は安心して養生するんだな」
ぽす、とベッドの横に座って肩を竦める。
ルビィの魔力が残っていればこの熊もすぐに元気になるかも知れないが。
幸か不幸か、無限とも思われたルビィの回復魔法にも限界があったらしく、酒場で何十人もの回復を一度にやったため現在一時的に魔法が使えない状態に落ちいっている。
しかし。
『たまには静かでいいよなぁ』
ぼんやりと考えて。
フリックはしばらくの平和を堪能したのだった。
後日談…ワンのスケ・ニャンタ・カミューの3人はお仕置きとして、ビッキーに遠隔地へ飛ばされてしまいましたとさ。
おしまい。
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