■旅立ち■
「僕たち、明日ここを出ていこうと思うんだ」
ハイランドに勝利し、建国祝いが大々的に行われたその夜。
はまやらわ城に剣客として招かれていたトラン共和国建国の英雄、ニャンタ・マクドールとその親友であるテッドは、あてがわれている自室のベットの上にちょこんと並んで座って、腕組みして椅子に座っている若い男を見つめた。
男は細身ながらも立派な体躯をした隻眼のエルフ、ルビィ。
三年前からの、彼らの旅の連れであった。
そう、今この瞬間までは。
「今回は僕たちだけで行こうと思うんだ」
「…………」
ニャンタの言葉に、ルビィは黙って見える方の目を眇める。
「テッドとも話し合ったんだけど、ソウルイーターをどこかに封印しようと思うんだ」
「始まりの紋章が封印できるんなら、ソウルイーターもきっと封印できると思うからさ」
ニャンタの言葉を、テッドが繋ぐ。
「いい場所がそううまく見つかるかどうかは、わからないけどね。探してみないとなんとも言えないし」
そう言ったニャンタは、頭をがしがしと掻いて黙ったままのルビィを見つめる。
「…でまあ、先の見えないたびになりそうだから、これ以上ルビィを巻き込むのはさすがに悪いだろう、ってテッドと結論出したんだけど」
「………………」
「……ルビィ?聞いてる?」
「ルビィさん……?」
不機嫌に腕組みしたまま自分たちを見つめ、一言も発しないルビィに、さすがの二人も怪訝に顔を見合わせる。
「…えーと…もしかして、怒ってる?」
恐る恐る伺ったテッドに、ルビィは無言の一瞥を喰らわせた。
「…うっ!?(ルビィさん、怖っっ!)」
「…なんだか、とっても気に入らないみたいだね」
何故だか感心したようなニャンタの言葉に、ルビィは諦めたように腕組みをとき、深いため息を付いた。
そのまま、ニャンタたちを真っ直ぐに見つめる。
「…今更だな」
「え?」
「今更だといったんだ。…俺に迷惑を掛けるのが嫌だというなら、あの時に強引な誘いはなんだったんだ?」
疲れたようにそう言って、ルビィは立ち上がった。
あの時とは、バルバロッサを倒した後のことを言っているのだろうと思い至って、ニャンタたちは苦笑するしかない。
確かにその通りすぎて、今更言い訳をする気もなくて。
ちょこんと座ったまま自分を見上げてくる子ども(見た目だけ)たちの頭を、ルビィは交互に、無造作に撫でた。
「ここまで無理矢理付き合わせといて、長くなるから途中で抜けろってか?生憎俺はもそーゆー中途半端なことが大嫌いでね」
「ルビィ…」
珍しく殊勝に自分を見つめてくるニャンタに苦笑しながら、ルビィはテッドの頭をぽんと叩いた。
「ルビィさん…ホントにいいの?無理して俺たちに付き合ってくれなくも・・・」
「だから今更、だ。それに、お前らの行く末も気にはなるしな」
ずっと気にしながら生涯過ごすってのは勘弁だ。
笑ってそう言うと、ニャンタが黙ったまま、テッドの頭に置かれていたルビィの手を取った。
「?」
ルビィが怪訝に思う間もなく、その手を自分の頭へと落ちつかせて、ニャンタがにやりと笑う。
「僕の頭を撫でられるのは、今じゃテッドとルビィくらいだよ」
「あ〜、言えてる!」
「…そりゃそうかもな」
何故か胸を張ってそんなことをのたまうニャンタに、ルビィとテッドは揃って吹き出した。
「…お前、結構可愛いな」
なでなでなで。
ニャンタの頭を撫でながら、ルビィはもう片方の手をテッドの頭にも乗せる。
なでなでなでなで。
「えへへっV」
「…ルビィ、いい気になるなよな」
満面笑顔のテッドと、照れているのか、少し怒ったような顔のニャンタ。
その珍しい様に、ルビィはくくっ、と喉の奥で笑いを噛み締めた。
「…じゃあ、テッドだけ撫でてやろうな」
「えへへ〜〜〜」
「………………出発は明日の朝一だからな!!!」
和やかな二人の様子を前にしてむくれっツラで言い放ったニャンタに、ルビィはテッドから手を退けてハイハイと軽く肩を竦め、テッドはオッケー!と指を突き出した。
「いい場所、早く見つかるといいな〜」
「別に慌てなくてもいいさ。時間はたっぷりあるし」
「同じく」
気の早いテッドに呆れたニャンタだったが、自分の意見に軽く同意したルビィにも、きょとんとした目を向けた。
次いで、その言葉の意味に気付いて弾けたように笑い出す。
「…そーいやエルフって長生きなんだっけ?」
「そうだな。人間の3倍くらいは長生きかもな」
「ふーん…じゃあやっぱり、気にしなくてもいいわけだ」
「あ?」
「短い人生、僕たちに付き合わすのは悪いかと思ったんだけど、そんだけ長生きなら十何年かくらい僕らも気にしなくていいだろ?」
「………ニャンタ……」
「まあ、自分から言い出したんだし、気長に付き合ってもらうよ。ルビィ」
「…………ああ」
尤らしく真っ当ではない台詞を吐くニャンタに、ルビィは呆れつつも笑った。
笑って、頷く。
「…まあ、これからもよろしくな」
「ああ」
「こちらこそ、これからもよろしく!!!」
お互いがお互いの手を取って。
3人は顔を見合わせた。
翌朝、彼等は日が昇る前にひっそりと城を出たのだった。
終わり。
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