少年たちのように
「あれ?」
雑踏の中でふいにフーロンが声を上げた。
「何?」
「あの人・・・・・」
フーロンの視線の先には緑のバンダナをした少年とその付き人らしい顔に傷のある金の髪の男がいた。フーロンはその二人に声をかけるような素振りを見せたが戸惑うような表情で止める。
「知ってる人?」
「うん・・・・・前に・・・・都市同盟にいたときにお世話になった人・・・」
「・・・え?」
ジョウイはこの言葉に少し驚いた。あの戦いの終結後、ナナミと3人で旅をしているときも、二人で放浪するようになってからも、フーロンが自分からあの頃の知人に声をかけようとすることはなかった。むしろ神経質なほど避け続けていた。途中で止めたとはいえ自分から声をかけようというのは珍しいことだった。
「・・あ・・・いいの?声かけなくて・・・・」
「うん・・・・あんまり人前で名前呼ばれるの、嫌だと思うし・・・・・」
この言葉にジョウイは更に驚いた。つまり今声をかけるのを躊躇っているのは決してフ−ロンがいつものように当時の人に会うことを躊躇っているのではなく、先方を気づかってのことらしい。
つまりフーロンとしては彼に会うのは全く構わないのだ。
「そうなの?」
珍しいな、そう思いながらジョウイが件の二人連れに目を向けたとき、少年の方がジョウイとフーロンの方を見た。二人に気がついたのか連れの金髪の男に注意を促すともう一度二人の方を見てふんわりと笑った。
優しい笑顔を浮かべて二人の方へ歩いて来る少年の笑顔に思わず見ほれていたジョウイはふと隣のフーロンを見て、今日最大の驚愕を味わった。
フーロンはジョウイにさえ滅多に見せないような全開の笑顔を少年に向けていた。
「久し振りだね。元気そうだ。」
驚愕しているジョウイを尻目に少年は近づくと左手を延ばしフーロンの髪をくしゃくしゃと掻き回した。
「ん?少し背が伸びたみたいだね?」
「ほんの少しです。あの頃は色々お世話になりました。」
フーロンは僅かにその手を避ける素振りを見せたものの、相変わらず笑顔を浮かべたまま嬉しそうに答えている。
「いや、僕は結局なんの力にもなれなかった。お義姉さんが亡くなったときも何も出来なかったし・・・」
「あっ!それ!言わなきゃいけなかったんだ!生きてたんですよ、ナナミ!」
「え?」
「何を考えてたんだか何度聞いてもよく分からないんですけど、ホント人騒がせですよね。」
「素直に嬉しいって言いなよ。」
穏やかな微笑みを浮かべた少年のその言葉にフーロンはくしゃくしゃと照れ臭そうな笑顔になった。
「本当に良かったですね。」
いつの間に来たのか顔に傷のある金の髪の男が少年に負けず劣らずの優しい笑顔でいった。
「はい!グレミオさん達もお元気そうで・・」
取り残された形になり呆然としているジョウイに気づいているのかいないのか、フーロンは嬉しそうに金の髪の男に挨拶している。いつもと違い、まるではしゃいでいるかのようなフーロンを唖然として見ていると少年がジョウイの方を見た。
「彼が君の言ってた一番大事な親友?」
「はい!」
いつにないハイテンションのままフーロンはジョウイの首に腕を回して強引に引き寄せると嬉しそうに言った。
「そうか・・・良かったね・・・えっと・・・」
「ジョウイっていうんです!」
「そうか、初めまして。」
「は、初めまして・・・・」
展開に一切付いてゆくことが出来ず目を白黒させていたジョウイはしどろもどろに挨拶してからフーロンに小声で聞いた。
「あのね・・・・・誰?」
「あのね、ジョウイなら知ってると思うけど、トラン共和国建国の英雄って言われてるマクドール家の・・・・」
小声で答えるフーロンの声を聞き、ジョウイはもう今日はこれ以上驚くのは何があっても止めるぞと誓いながら、まぁこれ以上驚くようなこともないだろうしと心の中で自分で自分に突っ込みを入れつつ目の前にいる優しい笑顔の少年を見た。
そのまま少年が今暮らしている家にお世話になることになり、村外れにある小さな家に向かった。家の後ろには大きな木が梢を張っており涼やかな影を落としている。
その夜、グレミオの特製シチューでの持て成しを受け、このとき一口シチューを食べたフーロンが新しいレシピだと騒ぎだし、グレミオから作り方を聞き出そうと躍起になるという騒ぎがあったが、まぁ、それ以外は穏やかに時間が過ぎていった。
食後は異様なまでのハイテンションから抜け出たらしいフーロンが気を使ったのか、あの戦いの後フーロン達がどんなところに行ったのか、どんな経験をしたのかといった話ばかりで都市同盟時代の話には全くならなかった。
それでもジョウイは僅かな疎外感を感じていた。
会話に参加できなかった訳ではない。その夜の会話で一番喋らなかったのはグレミオだろう。彼はニコニコと穏やかな笑みを浮かべ3人を見ていることが多かった。一番騒がしかったのは、やはりフーロンでそれに引っ張られる形で次にジョウイ自身が喋っていた。だから楽しく終わったはずのその夜、客室に案内された後、何故自分が少々不機嫌なのかジョウイには分からなかった。
フーロンは昼間から続いている上機嫌のまま窓を開け外を見ている。
「あぁ、ここからだと村がよく見える・・・朝の眺めは最高だろうな・・・・・」
「仲がいいね・・・」
暢気に今にも歌いだしそうな様子で言うフーロンに向かって思わず言っていた。しまったと思ったが当のフーロンは何も気づいた様子がない。
「うん、ホントに仲がいいよね、あの二人。なんかもう言葉なんかいらないって感じでさ。」
そう言ってクスクス笑っている。
「違うよ・・・」
「へ?」
いつもと何処か違うジョウイの口調にフーロンはキョトンとした顔で振り返った。
「何?」
「・・・・・・なんでもない・・・・・・」
フーロンのキョトンとした顔を見ると、ジョウイはこれ以上問いただすのが馬鹿らしくなってきた。第一、何を問いただすつもりなのか自分でも分からない。
「何だよ?どうかしたの?何か変だよ?」
「なんでもないったらっ!」
「でも今なんか、違うって言ったじゃないか、何だよ?」
「だから何でもないって言ったろう?いいよ、もう・・・」
なんかいつもと立場が逆だなと思いつつジョウイは言った。いつも何かしら隠したがるはフーロンの方で問いただすのがジョウイだ。
「いいって・・・なんか珍しいなこのパターン・・・・・」
フーロンもそう思ったのか小声で呟いている。
「・・・でも何か嫌だからいつものパターンに戻そう・・・・言わないと・・・むぐっ!」
ジョウイはベッドの上の枕をフーロンに投げつけていた。
「キスもそれ以上の行為も今日はごめんこうむるっ!」
「・・・・・珍しくはっきりと言ったね?・・・・その上いきなりモノ投げつけるか?普通・・・・」
顔からポトリと落ちた枕を受け止めつつフーロンが上目遣いで言った。
「たかだか枕で何を大げさに言ってるんだよっ!たいして痛くもないくせ・・・わぷっ!」
「痛くはなくても驚くんだよっ!やられたらやり返すっ!」
「・・・・このぉ・・・・・・・」
顔から落ちた枕を握りしめ今度はジョウイが上目遣いになった。
「フーロンが悪いんだろっ!」
「悪くなっ・・わっ、このっ!僕が何をしたっていうんだ!」
「何かって言うといつもキスするキ・・・ングっ、ていっ!他に言うことはないのかっ!」
「いっつもジョウイが変な意地張るからだろっ?!それといきなり枕投げつけるのとどう関係するんだよっ!」
「そうでもしなきゃ最後まで言うじゃないかっ!」
ブンブンと枕を投げつけあいながら騒いでいるとふいに扉が開いてグレミオが顔を出した。急な出現に驚いて二人とも中途半端に力が抜け枕がポトリと床に落ちる。
「何か騒がしかったのでどうしたのかと思いまして・・・・・」
二人の様子を見てふんわりと笑う。
「安物ですから破かない程度にしてくださいね?」
そう言い残すとパタリと扉を閉めた。
なんとなく毒気を抜かれて二人は顔を見合わせるとどちらからともなくクスリと笑った。
「さっき、何が違うって言ったの?」
「案外しつこいね。」
苦笑しながらジョウイが言った。
「珍しなと思ってさ、フーロンが自分からあんなに人に懐くなんて。」
「あぁ・・・・・」
フーロンはまだ開いたままの窓の方に目を向けた。
「ナナミ以外にあの人だけだったんだよ、ちゃんと僕自身を見てくれたのは・・・・・」
「そうなの?」
「うん・・・・・ゲンカク師匠の名前も右手の紋章も、ましてやシュウさんがお膳立てした『奇跡の勝利の使者』でもない僕・・・・・・」
「ふーん?」
「まぁ、あの人あんまり人のいる所には行かないようにしてるから・・・」
ノースウィンドには滅多に来なかったけどね、と寂しそうにフーロンは言った。その寂しそうな様子に部屋に戻った時のモヤモヤしたものがまた再燃しそうになりジョウイは慌てて布団に潜り込んだ。
「ジョウイ?」
「何か少し疲れたみたいだ・・・もう寝るよ。」
「そう?」
「うん・・・おやすみ、フーロン」
「・・・・・おやすみ。ジョウイ」
僅かに戸惑ったようなフーロンの声が聞こえ、少しの間ジョウイのほうを見ていたようだったが、やがて窓を閉める気配がして部屋が暗くなった。ジョウイのベッドの側に近づいて来る気配がして、小声でジョウイを呼んだがジョウイが寝た振りをしていると、諦めたように小さな溜息が聞こえた。
「おやすみ」
ジョウイの耳元で囁くように言うとフーロンは自分のベッドに潜り込んだ。
翌朝、朝食のときに先を急ぐのでなければゆっくりしていってくれと言われて、もう2,3日泊まることになった。
もともとあてのある旅ではない。
フーロンは嬉々としてグレミオから昨日のシチューの作り方を教わるべく台所に篭ってしまった。
「なんでそんなにこだわるわけ?」
不思議そうに聞くジョウイにフーロンは少し意地の悪い顔になった。
「うまかったろ?昨日のシチュー?」
「うん」
「残さず食べてたよね?」
「うん、おいしかったから」
「あのシチューね・・・・ニンジン、大量に使ってるよ・・・・」
「・・・・・・え?」
呆然とするジョウイを尻目にフーロンはさっさとグレミオと一緒に台所に行ってしまった。
「ジョウイ君、ニンジン嫌いだったんですか?それは悪いことを・・・」
「いいんですよ、そろそろ克服したほうがいいんだから・・・」
などと言い合っているのが聞こえなんとなくムッとした。それにフーロンに置いていかれてしまうとなんとなく手持ちぶさただ。困ったなと思いながら外を見ようと台所脇の小部屋に入るとこの家の主の少年が窓から外を見ていた。夕べからのもやもやしたものがまた再燃しそうになり、何となく部屋の入り口でまごついていると少年が振り返り昨日同様の優しいふんわりした微笑を浮かべジョウイに向かって手招きした。
とまどいながら近づいてゆくと自分の前の椅子に座るように促す。ジョウイが座ると少年は微笑を浮かべたまま、また窓の外に目をやる。
そのまま何を言うでもなく外を見ているので沈黙を持て余しているとふいに声をかけられた。
「聞きたいこと、あるでしょう?」
「え?」
思わず声を上げると、優しい目がジョウイを見ている。
「昨日ね、話しながら何か聞きたそうにしてたから。」
穏やかに言われてジョウイは正直困ってしまった。昨日感じていたのは僅ばかりの疎外感で自分が何かを知りたかったとか、そういう意識は全くない。
「あの・・・・・」
何か言おうと口を開いてみたものの、何を聞いたらよいか分からない。目の前の人物はジョウイが次の言葉を言うのを穏やかな微笑を浮かべて待っている。
「都市同盟っではフーロン、どんな風でしたか?」
口に出してみて初めてジョウイはそのことを知りたかったんだと実感した。一緒に旅をするようになってかなりになる。けれど、あの戦いの間のことはあまり話さない。別段タブー視しているわけではない。ただ話さないだけだ。それでもフーロンがあまりに当時の人に会うのを避けるから、いい思い出は少ないんだなと勝手に思い込んでいた。まぁ、確かに辛い事の方が多かっただろうとは思う。けれど昨日からのフーロンの様子はジョウイの思い込みをぐらつかせた。
「・・・・張りつめた糸みたいだったよ・・・・」
穏やかな声が返ってくる。
「え?」
「いつも微笑んでたけど、笑顔を浮かべることで回りを拒絶してるように見えた。回りにいつも人がいたけど淋しそうだった。」
予想外の答えに思わず相手を見つめ返した。
「あんなにいつも張りつめていたら心が持たないだろうにって思ったよ。回りにたくさん仲間がいるんだから分け合えばいいのにって、何故あんなに一人でいようとするんだろう、とよく思った。」
「でも・・・・・・貴方には物凄く懐いているように見えますが・・・・・」
「うん、そうだね・・・・・多分それは・・・・・」
優しい微笑に何処か胸に染みるような淋しさが加わった。
「僕は何の利害関係もなかったから。それに・・・・フーロン君と似た立場に立ったことがある。だから僕は彼に何も言わなかった。それが彼には楽だったんだと思う。」
「何も?」
「そう、どうすべきだ、とかそういうこと。僕が時々フーロン君に同行したのは彼が僕に契機をくれたからなんだけど」
「きっかけ?」
「そう、逃げることを止める契機。だから今度は僕が何かの契機になれればなって思って。」
まぁ、結局何も出来なかったから見てるだけに終わったんだけどね、と少年は苦笑した。
「でも・・・・結構救われてたみたいですよ、貴方の存在に。」
夕べのフーロンの様子を思い出しながらジョウイが言うと、相手は少し意外そうな顔をした。
「そうなのかな?そうは思えないけど。だってさ、僕が最後に見たフーロン君は暗い瞳をしてて何か壊れかけてるように見えたんだよ。だからさ、正直驚いた。」
「何にです?」
「昨日、久し振りに会ったフーロン君があんまり明るい瞳で笑ってるからさ。」
「え?」
「あんな笑顔は初めて見た。よっぽど君といられるのが嬉しいんだろうね。」
穏やかな優しい笑顔でそう言われてジョウイは思わず頬が熱くなるのを感じた。照れ隠しに慌てて話題を返る。少年は知識が豊富でわだかまりが消えるとなかなか楽しい話し相手だった。会話に熱中していたジョウイは、台所から出てきたフーロンがジョウイに話しかけようとして部屋の入り口で立ち止まり、少しの間ふたりの様子を見てからふいっと背を向けたことに気づかなかった。
昼時になり、昼食の準備は整ったもののフーロンが戻らない。
「おかしいですね?ジョウイさんと散歩に行くって言ってたんですけど・・・」
「僕と?」
「えぇ・・・・会いませんでしたか?」
「いいえ・・・」
ジョウイはグレミオが呼びに来るまで小部屋で話し込んでいたのだ。
「・・・・この辺に危険な場所はありますか?」
「いいえ、特には・・・・」
グレミオがどこか心配そうに答えた。
「探してきます。どっかで昼寝でもしてるのかもしれない。食事は先に済ましてしまってください。」
そう言うと慌てて外に出た。ああは言ったものの、フーロンが外で熟睡するなどありえない。何かあったのかと心配になった。
しかし外に出てはみたものの、ジョウイには不案内な場所だ。何処を探したらいいんだろうと途方に暮れていると家の中から主の少年が出てきた。
「一緒に探すよ。」
「でも・・・・」
「いいから、君、この辺りはよく知らないだろう?」
「・・・・すみません・・・・・」
ジョウイは小声で礼を言った。正直いってありがたい。しかし二人で探し回ってもフーロは見つからなかった。
「何処に行ったんだろう?」
さすがに心配で青ざめるジョウイの横で少年は何やらじっと考え込んでいたが小さな声で「まさかね・・・」と呟いた。
「何ですか?!何か心当たりでもっ!」
「あ、いや・・・その・・・」
心配のあまり思わず勢い込んで聞くジョウイに苦笑しながら少年は答えた。
「ちょっと変なこと思い出して・・・」
「変なこと?」
「いや、ノースウィンドの城でなんだけど、よくあそこのシュウって軍師が言ってたことで・・・」
「だから何です?!」
焦れてきつい口調になるジョウイを宥めるように、どこか済まなそうに少年は言った。
「・・・・何処を探してもフーロン君が見つからない時は屋根の上を見ろ・・・・・・」
「・・・・・は?」
その言葉の意味をよーく考えたジョウイはフーロンの悪い癖を思い出した。
拗ねたりめげたりすると高い所に登る。
「・・・・・・・・・・フーロン・・・・・・」
心配が一気に怒りに変わり低い声で呟くジョウイを少年は珍しいものを見るように、何処か面白そうに見ていた。
フーロンはさすがに屋根の上にはおらず、家の裏手の樹の枝の上に蹲っていた。
「フーロンっ!!」
樹の下でジョウイは怒りも顕にフーロンを呼んだが返事はない。
「さっきから其処にいたのか?!」
その言葉にフーロンはチラっとジョウイの方を見たが、すぐにフイッとそっぽを向く。
「僕たちが探してたの見えてたんだろう?!」
フーロンはその言葉に器用にも樹の上でクリッと背を向けてしまった。
「グレミオさんも凄く心配してるんだぞ!降りてこいよ!」
その言葉に僅かに背中がピクリと動いたが相変わらず背を向けたままである。
「このぉ・・・・降りてこなきゃ僕が行くからなっ!」
「来んなっ!」
「来んな、じゃないっ!何を拗ねてるんだよ!」
「拗ねてないっ!」
「じゃあ、降りて来いったらっ!」
「やだっ!」
ジョウイは思わず膝を付いた。完全に拗ねている。拗ねてる原因が分かればまだ対処のしようがあるのだが、今回はジョウイには全く分からない。
「朝は機嫌良かったじゃないか、何で拗ねてるんだよ?」
「す・ね・て・な・いっ!」
完全に拗ねた口調でフーロンが言った。
「なら、取り敢えず降りて来いったらっ!」
「や・だっ!」
もう実力行使しかないと、樹に腕かけたところで後ろからツンツンと突かれた。振り返ると笑いを含んだ優しい目がジョウイを見ている。
「僕が行こう。」
「でも!」
「いいから、何となく原因分かったから。君は少し離れて待ってて。」
そう言うとするすると樹に登ってしまった。ジョウイは樹の下で怒り半分心配半分の表情でいたが言われた通り、樹から少し離れた場所に腰を下ろして樹を見上げた。
フーロンは器用に自分の横に座った少年を横目で見た。
「・・・・・何で貴方が来るんです?」
「何でだろうね?」
笑いを含んだ声で答えると少年はフーロンの顔を覗き込んだ。
「ヤキモチ焼き。」
言われてフーロンは真っ赤になり、何か言い返そうとしたがすぐにそっぽを向いてしまった。
「そんなに簡単に妬いてたんじゃ大変だろう?」
からかうように言われても赤い顔のまま横を向いている。少々むくれてもいるようだ。
「君がグレミオを独占したんだから僕がジョウイ君を借りてもいいじゃないか。」
「・・・・・・・気がついてるくせに・・・・・」
むくれて言うフーロンに少年はクスクスと笑った。
「何に?」
言われてフーロンは赤かった顔を更に赤くして相手を睨みつけた。そんなフーロンに構わず少年は言った。
「ジョウイ君ね、君のことを聞きに来たんだよ。」
「え?」
「まさか離れ離れだったときのことを何も言ってないとは思ってなかったよ。」
「・・・別に何も言ってないわけじゃぁ・・・・・・」
「さっきも凄く心配してたよ?」
言われてフーロンは照れ臭そうに頬を掻いていたが、やがて苦笑した。
「なんだかな・・・・貴方が相手だと調子が狂う・・・・・」
「ほら、あそこで待ってるよ。」
そう言って指さした先にジョウイがいるのをフーロンは目を細めて見た。
「仲直りしておいで。」
「言われなくても行ってきます。油断してると貴方に取られそうだ。」
「失礼な!君のお古なんていらない。僕にはグレミオがいる。」
「失礼なのはどっちです?」
笑いながらそう言ってフーロンは枝から飛び降りた。そのままジョウイの方に駆けてゆく。その様子を少し淋しげに樹の上から見ていた少年は少ししてから樹から降りた。
結局フーロンとジョウイは昼食には戻らず、グレミオと二人で食事を終えた少年が散歩に出かけ夕方頃に戻るとグレミオが一人で夕食の準備をしていた。
「二人は?」
「さぁ?結局お昼にも戻りませんでしたし・・・・お腹すいてるでしょうにねぇ。」
「はぁ?何やってるんだ?二人とも?」
思わずあきれた声を出す少年にお茶をだしながらグレミオはさり気なく言った。
「坊ちゃん、わざとやってましたね?」
「何を?」
「わざと煽ってたでしょう?フーロン君が来たの、気づいてたんじゃありませんか?」
その言葉をシレッとした顔でお茶を飲みながら聞いていた少年はやがて苦笑した。
「やっぱりグレミオにはばれたか・・・・」
「何でですか?」
「なんとなく悔しいじゃないか、あんなに無条件に幸福そうな笑顔されると。」
僕には出来なかったことだし、そう小さな声で呟くのがグレミオには聞こえた。
少年の親友のテッドが死んだとき、グレミオはその様子をソウルイーターの中から見ていた。気が狂わんばかりに嘆き悲しむ小さな主人の姿はグレミオを『門』の向こうに行かせるのを躊躇わせた。そのおかげで今ここにいることが出来るのだが、それでもグレミオはまたいつか逝ってしまわなければならないだろう。
「坊ちゃん・・・・・」
「何?」
「変わらないでくださいね。」
「・・・・しょうもない嫌がらせをやってる人間に変わるなと?」
笑いながら言うのにグレミオは笑いかけた。
「ええ、あまり変わってしまうとグレミオが見つけられなくなりますから。」
さらっとそう言ってまた食事に準備に戻るグレミオを少年は複雑な目で見た。そのまま窓の外に目をやるとちょうどフーロンとジョウイが帰って来るところだった。家まであと少しという所で立ち止まり子犬の様に戯れあっている。
その姿に紋章を継承する前の自分とテッドの姿を重ねた。
「帰ってきたみたいだ。迎えに行ってくるよ。」
「そうしてもらえますか?すぐに食事にしますから。」
切なさを吹っ切るように立ち上がると少年は二人を迎えに外に出ていった。
Fin