怒濤の三枚おろし

ニャンタは大広間に立っていた。
 自分を見つめる仲間たちの瞳。
 自らの星の定めに従い集まった、百八星たち。
 彼等はこれから最後の戦い、グレックミンスターへと向かう決起集会の最中であった。
「やっと最後の戦いだ。ここまで来たらもう勝つだけだぜ」
 ビクトールが鼻息荒く拳を振り上げた。
「ニャンタ、出陣の合図を」
 横に立ったフリックに促され、ニャンタは頷く。
「皆。力を…」
「良くやりましたね、ニャンタ」
 盛り上がった空気を遮るように、不意にどこからか女の声が聞こえ、光が生まれたかと思うとそれは人の形となった。
「レックナート様?」
 レックナートと呼ばれた女は、小走りに近付いてくるルック、そして佇むニャンタへと目をやる
「久しぶりね、ルック。ニャンタ」
 白い頭巾(違う)を被った黒い魔女…もとい、ルックの師匠で真の門の紋章を持つレックナートは優雅に微笑んでみせた。
「ここに、とうとう百八星が集まりましたね」
 そんなレックナートの言葉に敏感に反応したのは意外にもビクトールだった。
「百八星が揃ったって言ったって、一人足りねエんだよ」
 吐き捨てるようなクマの言葉に唇を噛んでフリックが俯く。
「…グレミオが…いなけりゃ」
「百八星は揃わないんだ…」
「大丈夫です」
 アッサリと、レックナートは言った。
「ここに集いし百八星の力と想いで、彼を蘇らせて…」
「ちょっと待て」
 手にした杖を振り上げようとしたレックナートを止めたのは、他ならぬニャンタだった。
「百八星を集めた褒美をくれるんなら、グレミオじゃなく、テッドを生き返らせてくれ」
「ええええっ」
 指を立てて至極真面目な顔で提案するニャンタに、大広間一同から大ブーイングが巻き起こる。
「ちょっとまてーっ、それじゃ百八星揃わないだろーがあ」
「ここまできて何考えてんだあっっつ」
 ビクトールとフリックがコーラスで詰め寄ってくるが、ニャンタは動じない。
「良いじゃないか別に。今さら百八星が一人欠けるくらい」
「あってめ、リーダーがんなこと言って良いと思ってんのか」
「大体グレミオは俺たちの為にだなあ…」
「うるさいなあ、下男が主人の為に死ぬのは当たり前だろ」
「なっ…?」
「いい加減離れてくれよ、鬱陶しい」
 ビクトールたちを手で追い払って、ニャンタは襟の端を直した。
「大体なア、2の主人公は百八星集めた褒美にって最強魔法使えるようになるわ義姉は生き返るわ親友死なンわで、大円満エンディングがあるというのにこの僕にはグレミオ一人生き返るだけなんて、不公平すぎるじゃないかッ。そんなわけでレックナート。テッド生き返らせてくれ」
「なにワケのわかんねーこと、言ってやがるっっ」
「クレオ、なんとか言ってやってくれッ」
 振り返ったビクトールたちの目に飛び込んできたものは。
「ああ、坊ちゃんお可哀想に…。すっかりスレてしまわれて…」
「おいたわしや…坊ちゃん。愚かだったこのパーンめがいけなかったのです」
 ハンカチを目元に当てているクレオと、何故かアコーデオンピアノを弾いているパーンの姿。
 ちなみにクレオの目からは涙が…出ているかどうかは謎。
「この戦いの中、家を追われ御父上であるテオ様を亡くされて、あれほどまっすぐで素直で心優しかった坊ちゃんがこのように変わってしまうとは。運命とはかくも残酷なもの」
「ああーあ、おいたわし~や、ぼっ・ちゃーぁん」
 なんでか小節をまわすパーン。
「………」
「どいつもこいつも、同じ穴のムジナか」
 胡散腐そうなビクトールの言葉を無視して、ニャンタは黙ってレックナートの側に控えていたルックへと近付いた。
「な…なんだよ」
 身を引こうとしたルックの手を、やはり黙ったまま手に取る。
「レックナート…」
 静かな声で、ニャンタは囁いた。
「こいつの命が惜しければ、言うことを聞け。でないと」
 一呼吸おいて、ニャンタは皮の手袋をはめた右手を掲げて見せた。
「こいつの魂、ソウルイーターで喰う」
「ちょ…っ、ちょっとまてえっっっ」
 慌ててニャンタから離れようとしたルックは、暗い笑みを浮かべるニャンタと目が合い硬直する
 こいつ・・・マジでヤバい。
 テレポートして逃げようと思うのに、恐怖のためか身動きがとれない。真の恐怖をルックは今、身体で知った。
「さあ」
 促され、しかし、さすがレックナート。怯えたふうもなく少し考え込んで。
「まあ、それもまた運命の一つかも知れません。いいでしょう」
 あっさりと頷く。
「おいおいおいっ、そんな簡単でいいんかいっっ」
「いいんです、どうせ生き返らすのなら、見た目だけでも若い方が良いですし」
「うーわー、本音いいやがったよ、このショタコン魔女が」
 ビクトールたちの突っ込みは聞かなかったことにして、レックナートは何事もなかったかのように改めて手を振り上げた。
「ここに集いし百八星の想いと力で、彼のものを此処へ」
 どこにこの成り行きを呆然と見つめて突っ立ってる百八星たちの想いと力が使われたのかは判らないが、レックナートの横に光が集結し、そして一人の少年の形をとると、ニャンタは捕まえていたルックを足下へと蹴り倒した。
「テッド!!」
 姿を現わした懐かしい親友に抱き着いて、ニャンタは涙を浮かべる。
「逢いたかったよテッド…。良かった」
「ニャンタ…」
 力を込めて抱き締めてくるニャンタの背に手を廻して、
「俺も勿論逢いたかったよ…でも」
 テッドは少し困ったように呟いた。
「なんかグレミオさんが、入り口で泣いてたんだけど」
「うん、グレミオの貴重な犠牲は忘れないよ」
 いや、そうではなく。
 えーと、とテッドは鼻の頭を掻いた。
「お前、色々あったんだよな。ごめん、俺の所為で…」
「ううん、テッドの所為じゃないよ。悪いのは全部ウィンディなんだから」   
 傍目で見ていると、美しい少年同士の友情話なのだが。ビクトールたちは、先ほどとは打って変わったニャンタの態度にうんざりしている。
「やはり、少年同士の方が絵になるわ。これも運命なのね・・・」
「やかあしい。これじゃグレミオの立場はどうなるんだよ…」
「ニャンタ、あなたはあなたの運命を行きなさい」
「ああっ、シカトして更にその上逃げるなあッ。責任とってけえええっ」
 縋る声を振り切るようにブィーンと元来たように光って消えて、レックナートは去っていった。
 後はなんともやりきれない空気の大広間と、幸せそうなニャンタが一人………。
「なあニャンタ」
 その空気を敏感に感じ取ってか、つい小声で、テッドはニャンタに疑問を投げ掛けた。
「ところで、なんで俺って生き返ったのかな?」
「神様が僕が頑張った御褒美にって、テッドを生き返らせてくれたんだ」
「…今のレックナートさんって、神様だったのか?」
「まあ、そんな感じ」
 自分の望みを叶えてくれたことで、ニャンタの中でレックナートは神に変換されたらしい。
 どうでも良いことだが。
「んー、そっか。ありがとうレックナート様」
 なんとなく納得して、両手を合わせてレックナートを拝むテッド。
 取り合えず、生きてるって素晴らしい…そう思うことにする。
「そんでこれからどうすんの、ニャンタは?」
「取り合えず、チンチロリンやろう、テッド」
「は………?」
 きゅ、とニャンタに両手を握り締められたまま、テッドが間抜けな声をあげる。
「骰子の目で勝負するゲームだよ。面白いし、テッド好きだろ、そういうの」
「あーえーと、うん、まあ。好きだけど。なんか用事の途中だったんじゃないのか。ニャンタ」
「ああ、平気平気。慌てなくても皇帝倒しに行くだけだし」
「…はい?」
「テッド苛めたウィンディって女もさ、こう、さくさくっと殺っちゃうから。安心してていいよ」
 ニコニコ笑うニャンタの肩に、テッドはがっくりと頭を乗せた。
「ごめん…ニャンタ」
「どうしたんだよ、テッド?」
「お前がこんなに変わっちゃったのって、俺の所為だよな、やっぱり」
「なに言ってンだよ…ばかだなテッド…」
 項垂れるテッドの肩をそっと掴み、顔を上げさせる。
「此処にいる皆が教えてくれたんだよ。ビクトールが食い逃げの仕方を、フリックが融通の気かないリーダーの在り方を、マッシュがセコイ作戦のたてかたをと色々ね。僕はマクドールの家を出て初めて、せせこましく生きていくコツを身につけたんだ」
「…そんな風に思ってたのか」
「…私の作戦って、そんなにセコイですかね」
 周りから口々に横やりが入るが、ニャンタは何故か自慢げだ。
 嫌なコツを覚えたんだなー、とテッドはこっそり思った。
 大体今まで三百年生きてきたが、そんなコツなんか使ったことないぞ。
 それが正直なところだったが、あえて口には出さなかった。
 姿は少年でも、心は老人…でなくて、心は大人だ。
「そっか…苦労したんだなニャンタ」
「大丈夫、これからはテッドが一緒にいてくれるから。二人ならなにがあっても平気だよ…」
「ああ、そうだな…」
 目尻に涙を滲ませて二人は見つめあい、そして自然と笑い合う。依然そうしていたように。
 ………。
「取込み中済まないんだが…」
「何だ、フリック」
 横柄に、ニャンタがフリックを睨み付けた。
「…お前、リーダーとしてその態度はどうかと思うぞ…」
 ぶつぶつと文句を言いながらもフリックは挫けなかった。虐められるのに馴れているのが幸いしたらしい。
 …嫌な幸いだが。
「再会の感動に浸るのもいいが、取り合えず、この場を収めてくれ。皆、ずっと待ってるんだから」
「あー?なんだお前ら、まだいたのか」
「あのなあっお前、いいかげんにしろよっ…」
 一同を見渡して、面倒臭そうに頭を掻くニャンタにビクトールがとうとう切れた。
 …ところにタイミングよく一人の男が大広間へと現れ、皆の視線が一瞬そちらへと動く。
「ルビィ?」
 フリックの驚きの声に困ったような顔をしたのは、背の高い隻眼のエルフだった。
「悪い…遅刻したみたいだな」
「…」
「………」
「どこが百八星の想いと力だ。あのイカサマペテン師ショタ魔女め…」
 百八人いなくても、オールオッケーじゃねーか。
 血反吐を吐きそうな程低い声で、ビクトールはレックナートを罵った。怒りのためか、手がわなわなと震えている。
「なにか…あったのか?」
 さすがにその場のギスギスした空気を訝しんで、ルビィは同族のキルキスにそっと問いかけた。
「うんまあ…話せば長くなるけど」
「ふーん?おい、ニャンタ」
 ルビィがニャンタを呼ぶと、ざわっと空気が鳴った。
「?…ほら、棍、鍛えてきてやったぞ」
「ありがと。ルビィ」
 ざわめく仲間たちを不審に思いながらもルビィは棍をニャンタへと手渡した。と、ニャンタの横に立つ、見慣れない少年が目に入った。
「…君は?」
「僕の親友のテッドだよ。ちょっと遠くに出かけてたんだけど、ルビィがいない間に帰って来たんだ」
 ちょっとどころか、かなり遠いとこに逝ってたりしたんだけどなあとかちょっぴり思ってみたり
 しかしあえてそれは語らず、テッドはルビィへと手を差し出した。
「えーと…テッドです。よろしく、ルビィさん」
「ああ、よろしく。テッド」
 握手を交わしながら、テッドはニャンタを見た。
 にこにこと機嫌よく笑っているニャンタは、自分が知る彼のままで。
 少しほっとした。
「じゃあ、ルビィが戻って来て、今度こそ皆揃ったわけだから改めて」
 ニャンタは、こほ、と軽く咳払いをし、
「皆、力を貸してくれっ」
 手を振り上げたニャンタの言葉に、おー………という力無い歓声がなぜかまばらにあがったのだった。

「なんだやられちまったのかい、役に立たない男だねバルバロッサ」
 ニャンタたちに敗れ、膝をつくバルバロッサの後ろから、ウィンディが現れた。
 ニャンタの後ろに控えていたビクトールフリック、キルキス、そしてルビィ他一名が、はっと身構える。
 だが、ニャンタは悠然とウィンディを睨み付けた。
「出たな、厚塗り婆ア」
「なっ…?ず、随分と下品な言葉を覚えたこと。今は亡きテオ将軍が哀しむわよ」
 こめかみを引きつらせながらも笑顔を保とうとするウィンディに、ニャンタはふんと鼻をならした。
「よくも僕のテッドを三百年も苛めてくれたな…死んで詫びろ」
「・・・・あの・・・」
 尊大に詰め寄るニャンタからウィンディを庇おうとでもするように、バルバロッサが控えめながら口を挟もうとした。
 刹那。
「でりゃ、天誅ッ」
 すかかかかん、と棍でバルコニーからウィンディもろとも突き落とされ、
「ひィあああああ~?」
 二人の悲鳴は、絡みながら闇へと消えていった。
「よしっ、折檻終わりッ」
「…」
「………え?」
 身構えたままのビクトールたちは、あまりの事にそのまま固まってしまい、言葉もでない。
「ンじゃ、テッドのところへさくさく帰るぞッ!!!」
 上機嫌のニャンタの言葉に後押しされてやっと金縛りが解ける。
「え~と、今ので良かったのかな…?」
 キルキスの言葉に、頷くものは一人もいない。
「なんとなく、大広間でなにがあったか、想像ついたぞ」
 ぼそりと呟くルビィも、やはり幾分か疲れているようだ。
 そしてこの疲れは、彼の得意とする回復魔法でもけして和らげることは出来ないだろう。 
 戦いに勝ったというのに、この倦怠感を伴う虚しさってなんなんだろう。
 正直に、彼等はそう思った。
「ただいまテッド。ウィンディたちはやっつけたから、もう何も心配はいらないよ」
「ホントかニャンタ?本当にウィンディのやつを倒したのか?」
「ほんとほんと。これで僕達は、晴れて自由の身だよ」
 半信半疑のテッドの肩を叩き、ニャンタは優しく笑う。
「そっかー。やっぱお前すごいよ。あのウィンディを倒しちゃうなんてさ。俺、親友として鼻高いぜ」
「二人の愛の賜物だな」
 わはははははは、と二人で一頻り笑ってから。
 テッドは怪訝そうにニャンタを見た。
「…愛?」
「もとい、友情」
「なんで目ぇそらすんだよニャンタ…」
 などと少年二人がじゃれ合っている横では。
「おい、ビクトールとフリックはどうしたんだ?」
 スタリオンに問い掛けられたエルフ二人組が、お互いに顔を見合わせている。
「えーと、ビクトールたちは僕達を追っ手から逃がすために残って…」
 困ったようなキルキスの言葉の後を、ルビィが面白くも無さそうに続けた。
「きっと戻ってはこないだろうな。ここには」
「やられちまったのか」
「…逃げたんだろ、こっから」
 額に手を当てながら、首を横に振る。
「まあいいさ。戦いは終わったんだ。後は勝手にするさ」
「うん…そうだね。僕達でエルフの村を再興させよう…」
「ルビィ!!」
 キルキスの声を遮るように、ニャンタの声が割り込んで来た。
「僕とテッド、世界を旅して廻ることにしたんだ。ルビィははぐれてたから色々なところ知ってるだろ?一緒に付き合ってよ」
「…は?」
「保護者いたほうが、旅もしやすいしね」
「………」
 にっこり笑うニャンタを呆然と見つめてルビィは瞬きした。
「キルキス…?」
「ルビィ…気が向いたらエルフの村にも寄ってくれ………」
 助けを求めたキルキスの気の毒そうな言葉に、ルビィは溜息をつき、そして苦笑した。
「はぐれるもんじゃないな。やっぱり」
 今さらそんなことをいっても、どうにもなりはしないけれど。
 
 
 そして彼等は城を後にしたのだった。