ふらわー

 その日、城内はいつもより賑やかだった。
 料理イベントや、まして戦争に行くわけでもないのに、やたらと活気がある。
 賑やかに、笑い声。
 賑やかに、怒鳴り声。
 城内のそこら中で、そんな声が聞けた。
 そんな城内を不思議に思いながら、マイクロトフは食堂へ向かって廊下を歩いていた。
 早朝訓練を終えて、食堂に朝食を取りに行くところで、この時間だけが唯一、いつも一緒にいるカミューと別々に過ごす時間だった。尤も、食堂に行けばカミューが待っている筈なのだが。
「マイクロトフさーん」
 呼び掛けに目を向けると、ナナミとワンのスケがマイクロトフの方へと走り寄って来る。
「これはワンのスケ殿にナナミ殿、お早うございます」
「お早うございます、マイクロトフさん」
 にっこりと微笑むワンのスケ。幼く見えるが、彼こそがこの城のリーダーである。その性格たるや、破滅に近い。
「あのねあのね。私達、マイクロトフさんに大事なお話があるの」
 ウキウキと、ワンのスケの横に並ぶナナミが楽しそうに言う。
「ほお、なんでしょう?」
「カミューさんとデキてるって、ホント?」
 一瞬、ぴき、とマイクロトフの時が止まる。
「・・・は?」
「いや、二人の事が城内でもんッのすンごい、話題になってるからさ」
 追い付かない頭のマイクロトフに、容赦のないワンのスケの一言が突き刺さる。
「・・・え〜と・・・?」
「二人はラブラブなのよね」
「カミューさんもマイクロトフさんの事、愛してるって豪語しながら歩いてますし」
 交互に好き勝手なことを言われて、マイクロトフはとうとう硬直し・・・。
「うわああああーつっっ」
 意味もなく吠えたかと思うと、猛ダッシュで食堂へ向かって走り出していた。
 その姿を見送って。
「大成功ね、ワンのスケ」
「そうだね、ナナミ」
 姉弟は揃って腕組みをし、口元に不敵な笑みを浮かべたのだった。

「カ、カカカカカミューッ」
「ど・・・どうしたんだ、マイクロトフ?」
 血相を変えて食堂に飛び込んできた親友に驚きながらも、カミューは取り乱すことなく椅子に座ったままマイクロトフを迎えた。周りにいた者も皆一様に驚いてマイクロトフを見つめている。
 カミューは、マイクロトフを待つ間のんびりと飲んでいたコーヒーをソーサーの上へと戻すと、ゆるりと立ち上がり、荒い息をつくマイクロトフに手を延ばした。
「なにがあったんだ・・・大丈夫か?」
「・・・」
 延ばした手を、何故か無言でガッシと掴まれて。
 怪訝に思い、下を向いた親友の顔を覗き込む。
「どうし・・・」
「カミュー、話があるッ」
 言うが早いか、マイクロトフはカミューを引きずるようにして食堂を後にする。
「おい?朝食は・・・」
「そんなもの、後で構わんッ」
 珍しく憮然と言い放つマイクロトフの様子に何か釈然としないものを感じ、カミューは黙ってマイクロトフの好きにさせることにした。

「お前、知ってるのか」
 マイクロトフが唐突にカミューへと問いかけたのは、二人がマイクロトフの部屋へ入ってすぐの事だった。
「?何をだ」
 いくら聡明なカミューでも、当然この流れで話の筋を掴むことなど出来るはずもない。
 マイクロトフの少し怒ったような仕種を気にしながらも、素直に聞き返した。
「だからそのっ・・・城内の噂だ・・・」
「噂?」
 はて、どれのことだろう。カミューは表情には出さず、考えた。
 広いといっても城の中だ。大概の噂は耳に入って来る。その中でもマイクロトフが気にするような噂ねぇ・・・?
「わからないな。なんの噂だい?」
「・・・っ」
 問われて途端に赤くなるマイクロトフに少々驚きながら、カミューはマイクロトフに落ち着くように言うと、椅子へと座らせた。
「さあ、どんな噂を聞いたのか教えてくれ」
 座ったマイクロトフへと屈み込んで目線を合わせ、カミューは落ち着いた声で話を促した。
「えーと・・・その、だからだなっ、俺とお前が、そのっ」
「ああ、私とお前が、どうした?」
「ふ・・・不適切な・・・関係らしいと・・・」
「え?」
 カアーッと、赤い顔をしていたマイクロトフが更に真っ赤になりながら言った言葉に、カミューは間抜けにもぽかんと口を開けてしまった。
 ・・・・・・なるほど。そういうことか。
 合点がいって、カミューはにっこりと微笑んだ。
「他には、何か聞いたか?」
 嬉しそうなカミューに不審の目を向けながら、
「カミューが、俺の事を愛していると叫びながら、城内を徘徊していると・・・」
 誰もそこまで言ってないのだが、マイクロトフにしたら大した違いもないのだろう。語尾が消え入りそうになりながらも、ぼそぼそと訴える。
 今度こそ、カミューは噴き出した。
「なっ?なぜ笑うッ」
「いくら私でも、そんな恥ずかしい真似はしないよ」
 くっくっくとまだ笑いを堪えながら、マイクロトフを流し見る。
「・・・ほんとか?」
「やってほしいのか?」
 とんでもない、とマイクロトフは頭を振って、はーっと長い息を吐いた。
「そうか・・・じゃあ誰がそんな噂を・・・」
 ほっとしながら言いかけたマイクロトフの耳に、だかだかだかん、と何かが走り込んでくる音がする。
 バタンッ。
 勢いよく扉が開いて、ワンのスケと同じ位の背格好をした少年が、部屋の中のマイクロトフとカミューを一瞥する。
 ワンのスケが特別に招いている、トラン解放軍伝説の英雄ニャンタである。
「ニャンタ殿?どうかされたましたか」
「シドとかいうウィングボードを捜している」
 カミューの問い掛けに、ニャンタは険しい顔を二人へと向けた。
「シドですか・・・?」
「さあ、今日は見てませんが」
「じゃあ、用はない。邪魔して悪かったな」
 バタンとやや乱暴に戸が閉まると、
「ニャンタ、もう良いじゃん。今日は帰ろうぜ」
 追い縋るような少年の声がニャンタの足を止めたようだ。
「なに言ってンだ、テッド。僕らを騙したあのシドって奴をこのソウルイーターで跡形もなく喰ってやらんと、僕の気が済まないぞッ」
「ニャンタ〜」
 情けないテッドの声に重なって、
「他所様の百八星を消すのは感心せんな」
 落ち着いた、深みのある声が響く。
 カミューたちも何回か目にしたことがある、隻眼のエルフ『ルビィ』。見た目の幼い彼等の、他称保護者である。
 あくまで他称だと、知っている人は知っている。
 どっちかといえばお目付役なのではないかと、カミューは思ったりなぞするのだが。
「帰ろうぜ、ニャンタ〜。今日は怒っても仕方ないって」
「まあ、そうだ。怒る方がマズいだろうな」
「うるさいなっっつ。何の日だろうが、僕を騙した奴には天誅を与えてやるんだっ」
 だかだかだかと、来た時のように足音を響かせて、ニャンタたちは去っていった。
 取り残されたマイクロトフとカミューは、黙って顔を見合わせる。
「・・・・・なんか、大変そうだな」
「ああ、後の二人が・・・な」
 疲れたように呟いて、カミューは髪をかきあげた。
「でもまあ、マイクロトフも同じようなもんか」
 苦笑しつつのカミューに
「なんだとっ?俺の何処が・・・」
「まだ気付かないのか?誰に吹き込まれたのかは知らんが、騙されたんだよ。お前も」
「えっ?」
 キョトンと目を開くマイクロトフにどうしようもない愛しさを感じながら、笑いを噛み締める。
「さっき彼等も言ってただろ?今日は騙されても仕方のない日だって。知らないか?エイプリルフールといって、その日だけは嘘をついても許されるんだ」
「そんな不謹慎な日があるのかッ?じゃあ噂になってるってのも・・・」
「残念ながら、私は聞いたことがないな」
 肩を竦めて、カミューは失笑する。
 尤も、本当に噂になっているのなら、なかなか当人の耳には入ってはこないだろう。
 そんなことを考えながらも、つい言ってみる。
「私的には、そんな噂が流れることを歓迎したい想いだが」
「なっ・・・」
 思った通り、マイクロトフは唖然とした顔をする。
「なにをっ・・・ふざけるなっ」
 顔を真っ赤にしてわたわたと慌てるマイクロトフを可愛いなあ、と見つめながら、カミューは笑いを噛み締めた。
「ふざけてなどいないよ?叫んで走ったりはしないが、私は確かにお前の事を愛しているしね」
 自分でも極上の笑みを浮かべられたと確信したのだが、当の相手はざざざざざっ、と音を立てて部屋の隅へとへばりついてしまった。
「なっ、なっ、なに・・・言って・・・?は、はは。カミューまで俺を騙そうと・・・」
 そんな露骨に嫌な顔しなくても・・・。
 顔を引きつらせ、怯えたように自分を見るマイクロトフにやや傷付きながら、カミューは考えた。
 戦法を変えよう。
 押しても駄目なら、引いてみろ、である。
「マイクロトフ・・・」
「な、なんだ・・・やっぱり嘘なんだなッ?」
 ずずいっ、と近付いてくるカミューにびくびく怯えながらマイクロトフは無意識に逃げ道を捜した。
「そんなに怯えるなよ・・・。まあ、いい。聞いてくれ。実は私は・・・」
 そこで一旦言葉を切り、マイクロトフの顔を覗き込む。
「青いもの依存症なんだ」
「はあ?」
 至極真面目に呟いたカミューに間抜けな声を返して、マイクロトフは眉を吊り上げた。
「やっぱり俺を騙してるんだろ、カミュー」
 当然と言えば、当然の言葉。今日という日の正体を知った上に、さすがにこんな台詞を頭から信用するほど、マイクロトフも単純ではない。
 しかし。
「私はお前に嘘はつかない」
「・・・・・」
 言い切るカミューに、まだ怪訝そうな顔をしているもののマイクロトフは多少冷静になった様だった。
「本当に・・・そうなのか?」
 記憶をぐるりと巡らせて、カミューに騙された事がないこと(っていうか、気付かないだけなんだけど)を確認してからマイクロトフは眉を寄せて問う。
「ああ・・・。ずっと黙っていたが、私は昔から青いものが側にないと心が落ち着かないんだ」
 騎士になったあの日から。
「だから、マイクロトフ。ずっと私の側にいてくれね?」
「あ、ああ。まあそれは構わんが・・・。それならカミューも青騎士の服着たらどうだ」
 肩を掴んで詰め寄る自分へ場違いな答えを返すマイクロトフに、カミューはがっくりと項垂れた。
 鈍い・・・鈍すぎる。
「私に青騎士の格好、似合うと思うか・・・?」
 絞り出すようなカミューの言葉に一瞬考え込み、そしてふるふると首を横に振る。
 ・・・・押し倒してやろうか。
 一瞬本気でそう思って、出来たら苦労しないよなぁ、とカミューは溜息をついた。こんなに付き合いが長くてこんなに清い関係だなんて・・・腑甲斐無さ過ぎるぞ、自分。
「なあ、カミュー」
 カミューの心の内には全く気付かず、マイクロトフは首を傾げた。
「じゃあお前が俺を愛していると言ったのは、俺が青い服を着てるからなんだな?」
 ぴくん、とカミューの肩が揺れた。
「マイクロトフ・・・」
「なんだ?」
 目の前には、不思議そうなマイクロトフの顔。
 唇を重ねたら、どんな顔をするのだろうか?
「抱き締めてもいいかい?」
 想っていても、実行出来ることはいつも一歩引いている。
「え・・・?」
「私は時々無性に青いものを抱き締めたくなるんだ・・・。でも、マイクロトフ以外は抱き締めたくない」
 遠回しな、愛の囁き。
 きっと彼は気付かないけれど。
「・・・わかった」
「いいのか?」
 以外とあっさり頷かれて、カミューの方が驚く。
「仕方ないだろ?部下たちやフリック殿に見境なく抱き着かれても困るし・・・」
 ・・・誰がそんな気色悪いことするものか。
 胸中でマイクロトフのボケぶりに突っ込みを入れながらもカミューは今日2回目の極上スマイルをマイクロトフへと向けた。
「じゃあ、遠慮なく」
 自分より多少体格の良い身体を、そっと抱き寄せる。マイクロトフは抵抗もなく、カミューの胸に顔を沈めた。
「なあ、カミュー」
「なんだ?」
 自分の腕の中から聞こえてくる、マイクロトフの声に、カミューはうっとりと耳を傾ける。
「あのな・・・」
 
 ずどどどどどどどどどどんっっっ。
 
 突如、激しい揺れと爆音が、マイクロトフの言葉を遮り。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・シド、死んだかな」
 抱き合ったまま、なんとなく顔を見合わせてカミューが微笑むと、頬を赤くしたマイクロトフが下を向く。
 本気で可愛いなあ。
 大の男を可愛いと想う自分は、随分重症なんだと思うのだが。
「で、さっき何言いかけたんだ?」
「・・・もう、いい」
「良くないだろ。気になるじゃないか」
 いいんだ、とマイクロトフは、ぼそぼそと小さな声で言った。
「・・・今日言って、嘘だと思われると嫌だから、今度にする」
 そして、ぎゅうとカミューに抱き着いて来る。
「マイクロトフ・・・」
「な、なんだ・・・もういいのか?」
「いや」
 カミューはマイクロトフの髪に顔を埋めた。
「もう少しだけ、いいかい?」
「改めて、聞くな」
 憮然とした返事が、すごく愛しくて。

 こんなささやかな幸せが、ずっと何処にも行かないようにと願いながら、カミューは抱き締める手に力を込めた。