「裁き!!!」

 高らかな呼び声に空が暗闇に覆われ、目の前のモンスターたちが一瞬にして闇の彼方へと飲み込まれて消えていく。
 そんな光景を何度、目にしたことだろう。
 最初はその威力に驚き、かつ恐れさえもしたが。

「だあああああっ!もういい加減にしろよなっ!?」

 殊勝なことを思ったのは最初のうちだけで、『以下繰り返し』に行なわれる戦闘にシードはとうとうキレた。
「どうしたんだ?シード」
「どうしたもこうしたもねえっ!お前一人で楽しんでないで俺にも廻せっ!!!」
 剣を構えたまま、連れの一人である少年に向かってグルル・・・と唸る。
「俺だって戦いてーんだよっ!」
「ああ…なんだ。シードもストレス発散したかったのか」
「当たり前だろっ!?」
 本気でストレスが溜まっているらしいシードに吼えかかられて、先ほどから紋章を発動させていた少年―――ニャンタ・マクドールは、やれやれと肩を竦めた。
「悪かった。次は譲ろう」
「その言葉、忘れんなっ!」
 どっちが年上だかわからない二人のやり取りを、後方に下がっていた三人が呆れたように見つめている。
「…ストレス発散で倒されるモンスターも憐れだな…」
「ま、まあいいじゃん。人に害のあるモンスターばっかなんだし」
「シードは昔から全く成長の跡が見えん…」
 発言順に、『隻眼のエルフ、ルビィ』『ニャンタの親友、テッド』『シードの保護者(?)、クルガン』である。
 ここにさきほどのニャンタとシードを加えて、現在彼らはアテがあるんだかないんだかの旅を続けている。
 普通の旅人が通るには恐ろしいモンスターばかりの巣窟である森も山も果ては川さえも、無駄に腕ばかりがたつ彼らの前ではただの『カモ』でしかなくて。
「よっしゃあ!出てきたなっ!」
 嬉しそうな声を上げたシードの視線の先には、トラに良く似た大型のモンスターが数匹。
「俺のだっ!全部俺の獲物だぞっ!!ぜってー手ぇ出すなよなっ!?」
 きらきらと眼を輝かせてそんなことをのたまうシードに、ニャンタ以外のすべての者が、

 ああ、間の悪いモンスターだな……。

 と本気で思ったという。
 
 
  

 そろそろと日が暮れる頃、思いっきり虐殺の限りを尽くした二名と他付き添い三名は、雨風を凌ぐべく近くの洞窟へと潜り込んだ。
 勿論そこもモンスターの巣だったので、きちんと後腐れなく昇天してもらった。

 ……ある意味、とてもタチが悪い。

 まあそれはさておき、取り合えず交替で見張りに立つことにして、残りの者が手分けして食事の準備と寝床の用意をする。
 ソレほど待つことなく、簡易式の鍋で手早く手持ちのシチューを温めたテッドが、先に食事を取るようにと皆を呼びに来た。
「じゃあ先に食べよーぜ!」
「見張りはどうする?」
「大丈夫だろ。別に突然襲われたってこの面子ならビクともしないだろ?」
 けらけらと笑うシードの言葉に、それもそうかと頷いて皆で食卓を囲むことにした。
 一応形だけ手を合わせて食事前の祈りを捧げると、各自はもくもく(一部ガツガツ)と食べ始めた。
「携帯食にしちゃ美味いよな、コレ」
「ああ」
「まあ、確かに不味くは無いけどさあ。やっぱりシチューなら……」
 無意識だろう。途中まで言いかけて、テッドははっと生きを飲んだ。
 見る間にうろたえて、小さく『ごめん』と呟くと、食べ掛けの皿を置いて席を立つ。
 そのまま外に向かって早足に進んで行くテッドに、
「お、おい。どうしたんだよテッド」
「一人で外に出ると危険だぞ?」
 心配して後を追おうと立ちあがりかけたシードとクルガンだったが、ニャンタに手で制されて顔を見合わせる。
「テッドは僕が見てくるから…皆は先に食事を続けてくれ」
 静かにそう告げると、ニャンタはテッドの後を追って出ていった。
「ど、どうしちまったんだ?あいつら…」
 心配げに眉根を寄せて問い掛けてくるシードに答えたのは、成り行きをずっと見守っていたルビィだった。
「…あいつらの昔の連れに、シチューが得意だったヤツがいたんだ」
 過去形で語られる言葉に、シードたちは沈黙する。
 本当はそれだけではないのだが、殊勝な顔でシチューを口に運ぶ二人を見遣って、ルビィはそれ以上の補足を入れなかった。
 今となっては、言っても詮無きことである。
 ・・・少なくとも外部の者である、自分たちには。
 彼らだけの思いがあるなら、彼らだけで共有させてやる方が良いこともあるだろう、と思っているから。

 
 
 
 ニャンタが外にでると、少し離れたところでテッドが夜空を見上げていた。
 同じように見上げて見たが、雲っているのか星は余り見えなかった。
「テッド。シチューが冷めるよ」
 逡巡したのち、結局ニャンタは当たり前のことで声をかける。
「それにここはちょっと冷えるし。風邪引いたら困るだろ?」
 重ねて言葉をかけると、テッドが小さく笑う。
 しかし視線は真っ直ぐに空を見上げたままで。
「………お前さあ、俺のこと恨んでないのな」
「当たり前だろ!」
 ぽつ、と呟かれた言葉を間髪入れずに斬り捨てて、ニャンタはずかずかとテッドへと近付いた。
「悪いのは全部ウィンディだ。テッドはこれっぽっちだって悪くない」
「…………………」
 肩を掴んでテッドを身体ごと自分の方へ向かすと、困ったような、泣きそうな顔があってニャンタは唇を噛み締める。
「テッド…」
「ごめん…俺、お前にホントのこと言ってない」
「ホントのこと?」
「……ソウルイーターのこと…」
 躊躇いがちに、それでも意を決したようにテッドは琥珀の瞳でニャンタを見据えた。
「ニャンタ、俺の生まれた村が代々ソウルイーター守ってったって、知ってるよな?」
「…ああ。知ってる」
 戦いの最中、ふと過去に足を踏み入れたことがある。
 そこでソウルイーターを守るテッドの祖父と、幼い頃のテッドに会った。
 そのことをテッドに告げたことは無かったけれど、きっとテッドは覚えていると思うから。
 だから頷いた。
「………不思議に思わなかったか?」
「え?」
「ソウルイーターは持ち主の親しき者の魂を食らって力を増していく。…そのことに疑問を持たなかったか?」
「……違う、のか?」
「違わない。違わないけど…違うんだ」
 テッドから紡がれる言葉は消え入りそうに小さくて、 ニャンタは一言一句聞き漏らすまいと耳を欹てる。
「ソウルイーターはちゃんと守れば…全然ヤバいものじゃない」
「それはどういう…?」
 言葉の意味を掴みかねて、ニャンタは首を傾げた。
 そんなニャンタを見遣って、テッドが両手でニャンタの右手を掴む。
 今は手袋で隠れている紋章を、まるで愛しむように撫でて、
「ソウルイーターはさ、地脈の安定した場所で正しく守っていけば・・・その、全くってわけじゃないけど、ほとんど無害なんだ」
「………なんだって?」
「ホントさ。もしソウルイーターがニャンタが思ってるそのまんまの紋章だったら、俺たちの小さな村なんてあっちゅーまに無くなってる」
 そこでテッドは一つ息をつき、きっぱりと言い放つ。
「所有者が変わるときも、ちゃんとした儀式にのっとってすれば大丈夫だったハズなんだ…」
「テッド……」
「ごめん、ニャンタ!俺、ホントは知ってたのに・・・自分の身でイヤってほど知ってたはずなのに・・・あの時そんな余裕なんか無くて…っ!お前の人生台無しにしたっ!ごめんっ!!!」
「テッド!!!」
 初めて自分に深々と頭を下げるテッドに、ニャンタは悲鳴にも似た怒声をあげた。
「やめろよテッド!…テッドだって、大変だったんだろ…三百年」
「ニャンタ・・・」
「僕はあの時、テッドを救えなかった。だから僕の運命が狂ったというのならそれは全部僕が悪い。違うか?」
「そりゃ違うだろ…」
「違わない!もし違うのなら、テッドだって悪くない」
 きっぱりしっかり言い切ったニャンタを前に、ぽかんとしたテッドが尚言い募ることなど出切るはずもなく。
「…………あんがとよ」
 結局、苦笑しつつそれでも、感謝を込めてニャンタの右手を両手でしっかりと握り締めた。
「…あんがと、ニャンタ。やっぱお前は俺の自慢の親友だわ」
「とーぅぜん!」
 自慢げに胸を張るニャンタに、今度こそはっきりと笑みを返して。
 テッドは思い出したように身震いした。
「……やっぱ外寒ぃな」
 ふと呟くと、頭からわさっと毛布が降ってきた。
「うわっ!?な、なんだっ!!!」
「・・・全く。この寒空で立ち話なんて、お前ら頭わりーぞ!」
「毛布持ったまま、隠れて俺たちの話が終わるの待ってたシードに言われたくない」
「んだとおっ!わざわざ気を使ってやったんだぞっ!?」
 途端にニャンタとシードが言い争いをはじめて、テッドは毛布を被ったまま呆然とその遣り取りを眺めていた。
 のだが。
「テッド。そいつらは放っといていいから、先に中に入れ」
「…ルビィさん。でも二人とも俺の心配してくれたのに…」
「お前が風邪引いたらもっと心配するぞ。…クルガンがシチューを温めなおしてくれてるから、先に行ってろ」
「あ〜うん。じゃあニャンタ、シードさん、俺先に戻ってるから・・・って聞こえてないかな〜」
 既に低レベルな言い争いに突入しつつある二人に一応声を掛け、テッドは毛布を被ったままルビィに促されて洞窟へと戻った。
 暖め直されたシチューを食べながら、ほうっと息をつく。
 ニャンタにはいくら謝っても謝り足りないと思っているが、今日のことで少しだけど力が抜けた。
 忘れることなんて勿論できるわけはないけれど、ニャンタはこの話を蒸し返すことを絶対に好としないだろう。
 ならば甘えてしまえ、と思う。
 ニャンタも、そしてルビィもシードもクルガンも、きっと自分を許してくれるから。

『これはホントにホントの一生のお願いだから…いいよな?』

 テッドはシチューとともに幸せを噛み締めた。
 
 
 

 結局、ニャンタとシードはそのまま何故か一騎打ちに入ったらしく、翌朝、相打ちになって倒れて入るところをクルガンに発見された。

 当然、揃って風邪をひいたらしい。
 
 
 
終わり。


久々のニャンタ様シリーズです。
ほんとに久々です。
でも好きです。書きやすいです。
そして今回のニャンタ様は少しだけ真面目さんでした。
・・・テッドがいるからな(笑)

うっふふふふふ♪ニャンタ様シリーズだーーー!!vv
イイね!坊テッド!最高だね!
ワタシは結構、格好イイ坊ちゃんが好きですが、多輝サンの書くこういうガキくさい坊も
結構捨てがたい〜〜
いいよな、このシリーズ。客のいないこのサイトの(笑)ワタシが読みたいが為だけに!
書いてもらってるんだもんさ〜〜〜〜ははは、幸せ〜v
ありがとね多輝サン!愛してるからまた書いてね!