もくじ 8ページ
その1(2001.10.31まで) その2(2002.5.20まで) その3(2002.9.21まで)
その4(2002.12.30まで) その5(2003.7.12まで) その6(2003.12.31まで) 
その7(2004.10.30まで) 飯田 章のホームページ    





【読書113】 教師の哲学
 (岬 龍一郎著、PHP研究所)       2005.10.28


日本のすべての問題の根幹は教育にあり、日本に求められている答えのすべては教育にある!」と、私は教育問題の重要性を訴えてきたのだが、今日の教育界では、その教育をなすべき教師自身の精神的な拠りどころが示されていないことも、大きな気がかりのひとつであった。
 教師は生徒に対して、「人間に生まれてきたことの意義を説き、人生の素晴らしさを教えて、子どもたちの秘める心霊に点火する」という聖なる役割を負っている。しかし、今の教育界には、教師を教師たらしめる過程においても、「教師は聖なる使命を負う」ことの自覚を促そうとしてはいない。
 「哲学を持たない教師が、子供たちの人生を語ることが出来るのか」。この書は、教育界に対するその問いに、ひとつのかすかな答えをもたらしてくれるかも知れないと思い、ページをめくってみた。
 (以下、本文へ)





【86】 津 祭 り  
   
−沢口靖子さんを迎えて−   2005.10.09


 …略… 沢口さんと目が合った。その距離、約10メートル!
 章くん、用意してきた一言をかけなければならない一瞬であった、「沢口さん、もう26歳なんだって?」と。「誰が26やねん」と答えてくれるかなあ、…と章くんは思い描いていたのである。
 ところが、沢口靖子に見つめられて(ほんの一瞬、視線が行き会った程度のものだったが、章くんにしてみれば「見つめられた」ということになる)、その瞬間、章くんは硬直…!(以下、本文へ)



【読書107】 つれなかりせばなかなかに  (瀬戸内寂聴 著、中央公論社) 
2005.10.08 
     −谷崎潤一郎、佐藤春夫、二人の文豪の「蓼食う虫事件」の真相−
       

 高校時代、現国の時間に「作家というのは、自分の奥さんを他人と取り合いしたことを作品に書いている。因果なことや」とつぶやいた先生の言葉が妙に耳に残った。その本…『蓼食う虫(谷崎潤一郎)』を買って読むほどの興味もなく、ただ谷崎と佐藤という二人の文豪の間に、「妻譲渡事件」と呼ばれる事実があったのだということだけを認識して、今日に至っている。
 友人の書架に、瀬戸内寂聴がそのいきさつを書いた『つれなかりせばなかなかに』を見つけ、長年のもやもやを解きほぐそうと読み始めた。(以下、本文へ)
砺波のチューリップ


【物見遊山82】新緑の北陸路
砺波チューリップフェア 
 2005.05. 3・4・5         
10.04 完成


 忙しいを口実に未完であった「北陸と砺波チューリップ」の報告が、遅まきながら完成しました。季節感もずれてしまったが、暇つぶしになれば…。




【ゴルフ58】 ゴルフ錬金術 
  
この時代にも残っていた、ゴルフでぼろもうけ 2005.09.29


 最近は1万円以下のプレーフィーで、乗用カートによるセルフプレーが定着してきて、日本のゴルフスタイルも欧米並みになってきた。まだまだ、ジュニアの育成やプレーヤーのマナー、ゴルフに対する姿勢や哲学などは、遠く及ばない部分もあるが、お国事情やゴルフの歴史の浅さ、また、もともと日本社会には市民性や思想がないことを考えると、このあたりで手を打つべきだろうか。
 こんなことを思いながら、最近、あるベージをめくっていたら、気になる記事を目にした。米リップルウッド社が、破綻処理した長銀をわずか10億円の元手で買収し、4年後に再上場させて一夜にして2300億円の利益を手にしたのは有名な話だが、同じようなことがゴルフ界にも起きているというのだ。(以下、本文へ)



【読書112】 信長の棺      (加藤 廣著、日本経済新聞社)       2005.09.28
   −信長の遺骸は、なぜ見つからなかったのか−      


 今回の選挙戦の最中、織田信長に傾倒して改革を叫ぶ小泉首相は、この本を愛読し、この本に触発されて、日本改革断行の決意を新たにしたと報じられた。これは読んでみなくてはなるまいと思って、今日、手がけてきた原稿が午後11時前に書き上がったのを幸いに本屋へ走って行って買い求め、412ページを夜を徹して一気に読んでしまった。
 (以下、本文へ)



【読書111】 逆説の日本史−天下泰平と家康− (井沢元彦著、小学館) 2005.09.26


 …略…。 なぜ今、仏教の宗派は「元気がない」のか? それこそ中世には、どの宗派も盛んに活動した。人々は毎日のように寺へ出かけ坊主の説話を聞いたり、町へ出て友人・知人や見知らぬ人々に入信を呼びかけたり、あまつさえ対立している宗派と武器を取って殺し合うことすらした。
 それが、 …略… 「葬式仏教」などと陰口を言われ、ほとんど葬式や法要しか寺との接点はない。「あなたの宗教は何ですか?」と問われて、多くの日本人は「私は無宗教ですが、家の宗旨は
○○宗です」などと答えたりする。これは葬式は○○宗でやるということなのだが、そこには宗教としての日常規範となる戒律の意識も人生の指針となる哲学もない。…略…



【政治99】 小泉自民党 大勝、 − 自公で2/3越える ー    2005.09.12


 予想以上の自民党大勝で選挙戦が終わった。自民296(212)、民主113(177)、公明31(34)、共産9(9)、社民7(5)、国民4(4)、日本1(3)、その他19(33)という議席数が確定し、総括すると「自民党の完全単独過半数、自公で327の3分の2、民主党の惨敗」という結果が示された。(以下、本文へ)



【98】 郵政民営化選挙始まる  − 小泉劇場 開演 ー      2005.08.31


 …略…。 造反組みの脇の甘さは確かにあるとして、私は「一法案に反対したからと言って、議員としての存在を脅かす非公認という措置を、執行部の一存で決定することができるのか」ということが腑に落ちなかった。これでは、執行部に盾突いたものは次の選挙で手痛いしっぺ返しを受けることが、既成事実化してしまう。
 そこで、中日・読売・産経の新聞3社に、「教えてください。自民党執行部にそこまでの権限があるのでしょうか」とメールを送ってみた。産経からの返信はなかったけれど、中日・読売からは返事をもらい、いずれも「法律的にも何の問題もない。いわば社内の人事異動のようなもの」という趣旨であった。(以下、本文へ)



【教育17】 なぜ人を殺してはいけないのか             2005.08.15
   NHK教育「宇宙船ソフィア号の冒険」より  −戦後60年に思う−


 …略…。 なぜ人を殺してはいけないのか…。「人は人を殺すから」だと思う。人間は、地球上の生き物の中で、唯一、同じ科属(ヒト科ヒト属)にあるもの同士で殺し合う。ライオンだって、サルだって、縄張りやメスを巡って争っても、殺し合うことはない。人間は人間同士で殺しあうから、「人を殺してはいけない」と決めておかないと、どこまでも殺しあって、それほど長い時間を要せずに人類は絶滅してしまう。
 人以外の動物たちが、ほかの動物を襲うのは食べるために…である。ところが人間は、怒りや憎しみをもって人を殺し、正義や宗教を掲げて人を殺し、さらには楽しみのためにすら人を殺す。(以下、本文へ)




【政治97】 郵政民営化法案は 全ての改革に優先する基本!     2005.08.07


 もっと前に提言しなくてはいけない項目であったのだが、当然、成立するものと安心していて、サボってしまった。
 『「郵政民営化」はやらねばならないことか、やる必要はないことか』…ということなのだから、党利党略から反対するものは別として、これはやらねばならないことであり、国会議員の信条に鑑みれば、賛成・可決を図るのは自明の理である。だから、法案は可決されるものと楽観していて、郵政利権が失われる面々が少々ゴネるとしても、詰まるところ賛成多数で成立するものと思っていた。
 ところが、明日8日の参院本会議で否決されるのではないかとの観測が高まったので、これはイカンと泡を喰っての緊急提言…。あわてての一項だから、資料の不足も否めないが、郵政民営化は必要であり、全ての改革に優先する基本事項である。



【物見遊山85】 黒部・立山アルペンルート  その3
    
 8.04作成分


 …略…。 ミクリガ池のほとりのベンチに腰掛けて、360室堂平にて度の周囲を見渡す。上の写真は、パチパチと撮った写真をつなぎ合わせてみたものだが、右手の高い山が鷲岳、その左手が立山雄山である。この2つの山の間の峠が「ザラ峠」と呼ばれて、日本史好きの章くんのような面々には、大いなるロマンを馳せる峠なのである。…略…



【物見遊山83】 立 山(室堂) 11.5℃ −雲上の別天地−
   2005.07.16〜18


 16〜18日の3連休、黒部〜立山を歩いてきました。東海・関東地方の梅雨明けが告げられたこの日、名古屋の気温は34度。万博に21万人の人々が繰り出した。立山
 黒部の気温は16℃、立山室堂は11.5℃。本文は後日に報告するとして…。


  
立山 室堂平から見た 立山三山
    左から、富士ノ折立・大汝山・雄山 →





【政治95】 小泉首相の靖国神社参拝について             2005.6.5


 …略…。 首相の靖国公式参拝は、敗戦の年、昭和20年の10月、幣原首相が靖国に参拝して大戦の戦没者の霊を弔ったことに遡ることができる。その後、一時中断されたが、昭和27年、講和条約が署名されると、吉田首相は、「戦没者の慰霊祭等への公人の参拝は差し支えなし」という占領軍の許可を得て、公式参拝を行った。以後、吉田は4回、岸は2回、池田は5回、佐藤は11回、田中は5回(最後は昭和49年)、首相として、公的形式で参拝している。(以下、本文へ)




【世界ゴルフ紀行】 05(平成17年) ハワイ その10 完結     6.2

ミズリー号
 …略…。さらに走ること5分。「ARIZONA Memorial(アリゾナ記念館)」の建物が見えてきた。駐車場の係員も、皆んな米軍の軍服を着ている。「カメラはOKだけれども、バッグはカメラケースでも全てダメ。車へ置いていけ」と注意してくれる。
 今、この建物を訪れる客は半分が日本人だというが、もちろんアメリカ各地からの訪問客も多い。彼らの何人かは、「リメンバー・パールハーバー」の思いを持ってこの記念館を訪れるのだろうし、また当然、日米戦争の当事者やその遺族もいるだろう。日本人観光客としては心しなければならないことであろうし、実際に訪れた人が「厳しい視線に緊張感を覚えた」と書いていたのを読んだ覚えがある。
(以下、本文へ)




【物見遊山82】新緑の北陸路砺波チューリップフェア     2005.05. 3・4・5


 ゴールデン・ウイーク。今年は人並みにどこかへ出かけてやろうと思って宿を探したら、ようやく金沢に空いているホテルを見つけ、北陸を目指して走った。
 本文は、書き上げる時間がないのだが、写真だけ掲載することにして、一応の報告とお茶を濁した次第。(以下、本文へ)




【105】 「 女  坂 」  (円地文子、新潮文庫)       2005.04.20


 円地文子著「女坂」を読んでみました。…略…。愛よりも、倫理に生きた日本の女性の生き様もすざまじく…かつ憐れ…というべきなのですが、その時代を生きた人たちは、それを悲しんでいなくて、もっと野太い、愛とか恋とかを越えた次元で、生を全うしていたのかも知れません。(以下、本文へ)





【物見遊山81】 名古屋ドーム 巨人×中日          2005.04.24(日)


 …略…。意外なことに、ジャイアンツの選手は勝つことの素晴らしさを知らない。今のように不甲斐ない試合を重ねて、勝たなくても高収入が得られているからです。野球選手は、ホームランの向こうに大金があり、勝ち星の積み重ねが飛躍的な生活レベルのアップを約束するのです。ところが、清原(6億)が岡本(2500万)に三振…、僕は思わず「バカヤロー、金返せ…、5億7500万円!」と叫んでしまいました。(以下、本文へ)




【物見遊山80】 2005 京都の桜               2005.04.08-10
醍醐寺三宝院の枝垂れ桜

 醍醐寺へ通い始めてから、もう10数年が経つ。毎年というわけでなく、訪問できなかった年もあったりしたが、都合7〜8回は訪ねているだろうか。…略…。『人はいさこころも知らず ふるさとは花ぞ昔の香に匂いける』… 今年も花たちは変わらぬ春をいっぱいに咲き誇っていた。(以下、本文へ)





【物見遊山79】 名古屋 栄の大観覧車と 明治村         2005.03.19-20


 …略…。 そして、明治村にあるのに明治の建物で旧 帝国ホテル玄関はない「帝国ホテル正面玄関」。大正12年9月1日、奇しくも竣工披露宴が関東大震災の当日であり、多くの建物が被害をこうむった中で、この帝国ホテルだけがガラス1枚すら割れなかったという。
 2階の喫茶室で、コーヒーを飲んだ。酸味の利いた、少しすっぱい味がした。当時の内閣総理大臣は山本権兵衛、時代が軍国日本へと傾斜する中で、芥川龍之介や中原中也など若き文学青年たちも、このすっぱいコーヒーをすすりながら、この窓から移り行く風景を見つめていたのだろうか。
京都 2005 花灯路


【物見遊山77】 早春の都路散策「京都 花灯路」         2005.3.12-13


 人枯れのする3月初めの京都に催される「花灯路」。足元を照らす露地灯籠に誘われて、早春の都小路を歩いてみた。
 (先週、京都へ桜を見に行ってきた。そのひとつ前の季節の報告が、今になってしまった。年度の変わり目でちょっと忙しい。)



【読書読書104】 ノラや    (内田百閨Aちくま文庫)          2005.3.21


 日本語の天才、内田百聞の愛猫記である。そこはかとない百鬼園先生のペーソス溢れる描写に、猫好きはたまらない。
『猫は煙を気にする様である。消えていく煙の行方を、ノラは一心に見つめている。 「こら、ノラ、猫の癖して何を思索するか」。「ニャア」と返事をして、こちらを向いた。ノラはこの頃返事をする。 …』
 変にべったりした愛猫家ではない内田百聞の 淡々とした文が快かったのだが、そのノラが ある日突然いなくなってしまう。(以下、本文へ)



【世界ゴルフ紀行】 05(平成17年) ハワイ その6        3.19


 …略…。 やがマグマを噴出する火口て前方に幾筋かの噴煙。70万年前にハワイ諸島を誕生させた地球の息吹が、今なお地表へと噴出するキラウエアの噴火口、ハレマウマウ火口だ。
 ヘリは火口の上を、角度を変えて2〜3度旋回する。ハレマウマウ火口は、ハワイの人々に恐れられる火の女神ペレの棲み家。彼女は非常に美しいけれど身勝手で、気に入った男性が思い通りにならないと噴火を繰り返すという。章くんたちが訪れる1週間ほど前にも、小規模な噴火を起こした。ワガママでは引けをとらないヤスヱが来るというので、怒ったのだろうか。(以下、本文へ)






【政治94】 ライブドア VS フシジサンケイグループ         2005.3.6
    −今日的なマスメディアの体制構築の機会−


 …略…。 判決については7対3でフジテレビ側(ニッポン放送)に有利であるといわれているが、果たしてそうだろうか。「フジサンケイグループに残ることがニッポン放送の価値を維持し続けることだ」と言う主張は、既存の価値を維持するだけのことであって、将来に築いていく新たな価値への評価が何もない。ニッポン放送は、フジサンケイグループを離脱すれば、何らの企業努力もせず、新たな価値を見出す可能性もないと宣言するのだろうか。(以下、本文へ)



【世界ゴルフ紀行】 05(平成17年) ハワイ その4        
3.2


 …略…。 今日の舞台は、マウナ・ケアGC。アメリカ有数の大富豪ロックフェラーがその大資本を投下して、ハワイ島最初の開発を行った、ここコハラ・コースト…。その中心的な施設として造られた18ホールは、ほとんどのホールからコバルトブルーの太平洋を望むことができ、また、多くのホールから、4200mのマウラナニGC クラブハウスマウナ・ケァ山を仰ぐことができる。
 ロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニアの設計によるこのコースは、ハワイでも特に雨の少ないコハラ地域にあって、ザルのように水を吸い込む溶岩の上に、青々とした芝生が敷き詰められている。ロバートは、溶岩を砕いて土を作り、それを敷き詰めた上にさらに客土を置き、芝生を敷いていったとか。今、見事な輝きを見せているフェアウエイの下には、実は膨大な水の循環システムが組み込まれているという。



【世界ゴルフ紀行】 05(平成17年) ハワイ その3       2005.2.20


 …略…。 今回のハワイでプレーしたコースはみんなそうだったが、ケアウホウ・リゾートコナGCの真っ只中に作られているこのコナCCも、時には住宅の庭先をかすめ、またその住宅地の中を走る一般道路を横断しながらプレーしていく。いや、一般道を越えてショットするなどということはないけれど、次のホールへ行くためのカート道路が、一般道を横切っていく箇所はいくつもあった。
 一般道路が優先なのだが、住人たちはゴルファーに優しく、一旦停止してカートを通してくれ、車の中から手を振ってくれる。(以下、本文へ)



【物見遊山77】 九州紀行(臼杵のふぐ中州の天草大王)その2  2005.1.21〜24


 …略…。 関門海峡の潮の流れは速い。九州自動車道めかりSAで休憩して、展望台から海峡を眺めた。海霧にかすむ対岸の下関は、意外に近い。関門海峡
 車でならば、渡るのにものの5分とはかからない近さであるが、瀬戸内の周防灘と日本海の響灘とを結ぶこの瀬戸は、渦巻く潮の流れが速くて、昔の小船ではなかなかに操船は難しかったという。
 歴史の彩りがなくても、地の果てであり、人の出会いや思いを引き裂く海峡はどこか物悲しい。まして、対岸の下関側に広がる壇ノ浦は平家滅亡の海であり、清盛の妻二位尼が八歳の幼帝安徳天皇を抱いて入水した海である。立ち上る霧は、宗盛の知盛の無念…建礼門院の涙の飛沫であろうか。
 「下関かぁ。ふぐでも、食っていこうか」と言ったけれど、まだ朝の9時過ぎだ。
 …以下略…



【世界ゴルフ紀行】 05(平成17年) ハワイ その1       
2005.2.20


 世界ゴルフ紀行の筆者としては、今回の「ハワイ・ゴルフ10日間」は、誠に慙愧に耐えない旅行をしてしまったと深く恥じ入る次第である。
 名古屋のすぐ向こうにあるに過ぎないハワイでの10日のゴルフ旅行に、一人当たり45万円もの費用を要したからである。今までのゴルフ紀行中の最高額…、いつもの連中に言わせれば、「お前、世界一周してきたンか」と言うことだろう。(以下、本文へ)



【物見遊山76】九州紀行(臼杵のふぐ天草大王       2005.1.21〜24


 九州の大分県には、ふぐの肝を食べさせる店があるという話を、ものの本で読んだ。ふぐの肝とは、古今の食通が命を賭けて追い求めたまぼろしの食材である。これ国宝 臼杵の石仏を食べずして、食は語れない…と思っていたところ、福岡の友人から「中でも臼杵のふぐは、一味もふた味も違う」という情報が入った。…略…
 いつ、誰が、なぜ…造ったのか、そのほとんどが謎のままに、今 臼杵市の南部丘陵にひっそりと鎮座する臼杵磨崖仏は、その様式から平安末期から鎌倉期の製作とされているが、だとすれば御仏たちは1200年余の歳月を岩陰にひっそりと佇んでこられたわけである。
(以下、本文へ)




【物見遊山74】 2004年 神戸ルミナリエ と ジャズライブ「SONE」 12/19・20

メインゲート「北の星」
 神戸ルミナリエ…。主催者のメッセージには、『神戸ルミナリエは、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託し、大震災の起こった1995年12月に初めて開催しました。…略…』とある。
 ルミナリエの言葉の意味は、物体が光を放つ現象を表す「ルミナンス、ルミネセンス」の女性形だと思うのだが、これは僕の勝手な説だから定かではない。(以下、本文へ)



【物見遊山73】JR名古屋駅のクリスマス・イルミネーション     2004.11.30
   − 海外協力青年隊に参加して コスタリカへ行く おケイの激励会 − 

JR名古屋駅前のクリスマス・イルミネーション
 かつて、わが塾の生徒であったおケイが、海外協力青年隊に参加して、コスタリカへ行くことになったと言って来た。「お前、コスタリカはスペイン語やぞ。大丈夫なのか?」と聞くと、行くまでに3〜4ヶ月の研修期間があるので、そこでみっちりと研修を受けるという。彼女は、大学在学中にワシントン大学に3年間留学しているから英語に自信があることはわかっているが、コスタリカと聞いてちょっと心配したわけである。
 さらに、「コスタリカには イグアナが街中のいたるところにいるらしいぞ。道にも、レストランのテーブルの上にも…。日本の猫や犬みたいなもんらしい」と言うと、「イグアナって、噛みつくかな…」と心配していた。(以下、本文へ)



【ゴルフ58】夢のハワイ旅行 − BMW 5シリーズキャンペーン − 2004.12.1


 ハーフを上がってきて、昼食にクラブハウスに入ろうとしたら、入り口のところに白いジャンパーにミニスカートの女の子がいて、「いかがですか」と声をかけてきた。横の机には「受付」と書いた紙が貼られ、大きなハワイの写真や飛行機の模型が飾ってある。
 BMW5シリーズの型が変わったとかでキャンペーンとかをやっていて、1000円の会費で指定のショートホールにワンオンすると、くじが引けるという。(以下、本文へ)



【ゴルフ57】第5回 日韓対抗女子ゴルフ 於 大津カントリークラブ  2004.12.5

古閑美保 2番グリーン
 シャトルバスで約10分。大津カントリーの駐車場へ着いた。…略…、第2組の古閑美保はお目当てのひとりである。
 急ぎ足で1番のティグラウンドへ向かうと、カッキ〜ンという金属音が耳に飛び込んできた。第2組の古閑美保・季知姫のティショットが終わったのだ。フェアウエイを行く古閑たちを追って、そのまま1番ホールへと歩き出す。…略… 好調の季知姫にここまで押されっぱなしではあるけれど、古閑のショットの迫力は、日本の女子プロの中では他を圧倒している。スイング軌道とインパクトが見事に一致していて、ボールに勢いがある。(以下、本文へ)




【政治93】 自衛隊のイラク派遣延長に思う             2004.12.02


 イラクに派遣している自衛隊の駐留が、12月14日に期限を迎える。小泉首相は再選なったブッシュ米大統領に駐留延長を約し、これを受けた形で政府・与党の承認も大方の合意が形成されている。スペインやフィリピンはすでに撤兵し、オランダ・スゥエーデンなども、来春には撤兵することを表明している。その中で、戦闘を認められない自衛隊であるが、撤退の意思はない。
 …略… 「現憲法の規定の元で、自衛隊を派遣することには、重大な疑義がある」とする派遣反対の主張には、世界への展望と国家としての戦略が欠如していると思う。
(以下、本文へ)



【物見遊山72】 2004年 京都の紅葉             2004.11.24・25
永観堂 境内は一面の紅葉

 …略… もみじの「永観堂」は、見渡すばかりの紅葉であった。正式名称は、聖衆来迎山無量寿院禅林寺。第七世法主永観律師にちなみ永観堂と通称される。
 紅葉の見事さもさることながら、阿弥陀堂の「みかえり阿弥陀」の、何とも愛くるしくありがたいお姿はどうしたことだろう。(以下、本文へ)


【物見遊山71】近江牛と近江商人のふるさと「近江八幡」       2004.11.12


 朝からの雨…。予定していた津CCでの誕生日月例会をパスして、もう一度寝るかと思っていたら、「ゴルフがなくなったので、暇で何ともしゃぁない」と同級生の尾崎からの電話。「じゃあ、どこかへ出かけるか」ということで、10時半過ぎから、当てもなく鈴鹿峠を越えて西へ向かった。
 …中略… 時計を見ると、12時30分を少し回ったところ。この地を訪れると 時々立ち寄る「毛利志満」で、お昼を食べようということになった。(以下、本文へ)



【golf56】ライバルの二人は、74と75。 反省しきり…      2004.11.7
    − いつも オールドマンパーを相手のゴルフができるように −


 …略…久しぶりに顔を見た 今井 豊・笠井治秀の両氏にスコアを聞くと、75と74。15〜10年ほど前には一緒によくプレーした方々で、しかも両氏とも僕より2〜3歳ほど年上である。当時は、僕のハンディは5で、今井さんも笠井さんも7であった。今は10打近くも離されて、完敗である。チンタラとゴルフをしている場合ではないと、つくづくと思った。(以下、本文へ)



【読書101】「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942ー1943」    2004.11.8
    (アントニー・ビーヴァー著、堀たほ子訳、朝日新聞社刊)


 1941年6月22日(この日はかつてナポレオンがロシア遠征を始めた日)、フランスを制圧したドイツは、イギリス本土上陸作戦を進める一方、いつかは雌雄を決せねばならない共産主義国との決着をつけるべく、1939年に結んだ独ソ不可侵条約を無視し、無警告で対ソ戦に突入した。ドイツの全兵力の約9割、総勢420万の大軍が一気に攻め込んだのである。…中略… パウルス将軍率いる第6軍は、スターリングラードに向けて進軍を開始、ここでも当初はやすやすと街を制圧し、年内に帰還できると考えていた。しかし、廃虚と化したスターリングラードの瓦礫の中で、家1軒、数メートルの土地をめぐる戦いなった地獄のような市街戦と、一般市民を兵にしてボルガ川沿いを死守するソ連軍の想像以上の抵抗に苦戦を強いられ、やがて厳しい冬の訪れとともに、第6軍はソ連軍に包囲され孤立する。(以下、本文へ)

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