【40】「親友たちの午後」 (講談社文庫『ナイスボギー』に収録 夏坂 健)
『関連 … 読書のページ 8』
何度読んでも、感動がこみ上げてくるいい話である。自分の周りを見回してみて、こんな友達に恵まれているかと改めて考えてみると、この10分の1ぐらいの野郎が4・5人ほどいるばかりである。ということは、自分もその程度の友達だということか。
夏坂ゴルフエッセイ集には、こんな話がゴロゴロしている。ゴルファーとは球を打つのが上手いばかりの者であってはならない。幅広いゴルフの知識をもつことは、その人のゴルフ人生を豊かにする。ゴルファー必読の書である。
【39】アフガニスタン難民への日本からの救援物資 (10.22)
『関連 … 政治経済社会のページ 21』
国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの要請を受けてアフガニスタン難民救援のため、自衛隊のC−130H型輸送機6機で救援物資【テント(10人用)315張、毛布200枚、ビニールシート75枚、スリーピングマット20枚、給水容器400個】をパキスタンに運んだ。この任務にあたったのは自衛隊の空輸隊員約140名と運航支援隊員約20名である。
戦闘には邪魔になりこそすれ何の役にも立たない日本が、テント315張りでいいのか。現地では国連の係官が「少なすぎて、披露できない」と荷物を解こうともしないという。憲法の制約があって自衛隊員を戦闘地域に派遣することは出来ないという説明に理解を得ようとするならば、日本の経済規模から言って、テントは世界一の数…3000張りでなくてはなるまい。それでなくては、米国を支援するという日本の姿は、世界の人々に見えない。
【38】狂牛病によって露呈された「狂官病」 (10.15)
『関連 … 政治経済社会のページ 20』
いったい日本の官庁はどうなってしまったのだろうか。9月10日、千葉県で発見された一頭の狂牛は、またまたわが国の官庁の無為無策ぶりを暴き出した。狂牛発見から1週間を経てやっと資料の肉骨紛の流通を規制し、この間にも汚染の疑いのある食肉は市場に出回ってしまっている。人への感染の確率は低いと言われても、市民は気味悪がって牛肉売り場に近づかず、学校給食にも牛肉の使用を見合すという事態に陥っている。
狂牛病問題についてやらなければならないことは、@汚染源とされる肉骨紛飼料の全面使用禁止と破棄・焼却、A牛の全頭検査、B検査前に出荷した全ての牛肉の回収と破棄、C混乱と汚染を招いた担当者の処分…そして、安全宣言である。
検査前に出荷した全ての牛肉の回収と破棄は、大きな損失が懸念されると考えられるが、英国ではすでに数100万頭の牛を処分しているし、懸念されている羊への感染が確認されれば4000万頭の羊を処分する方針であるという。
この問題についても、とにかく中央省庁の対応はお粗末の限りである。護送船団方式を守って、担当官や担当部署の判断を軽んじ、個々の責任をないがしろにしてきた、日本式体制のお粗末さがここにも露呈されている。政治においても、行政においても、担当者や担当部署が適切な判断を為し、結果責任を明確にして事にあたっていかねば、国際世界に生き残ることもできないし、ますます必要性の増す危機管理体制も確立されない。
【37】米英軍、アフガニスタンを爆撃! この戦争の行方…。
『関連 … 政治経済社会のページ 19』 (10.9)
攻撃の火蓋を切るに、遅すぎるの感がある。それだけ、世界の、中でもアラブの国々の同意を取り付けることに難しさがあったということなのだろうが、テロ許すまじと燃え上がった火が少し沈静化して、「報復」の可否が論じられる昨今である。少し冷静になると、「報復攻撃」は難しい立場に立たされる。「報復」は権利であって、正義ではないからである。
やるならば、徹底的にやってしまうことであろう。この種の行為に対しては、批判や反対は必ず出るものである。それを受け止めながら、戦いの相手を消滅させる徹底さで、戦闘を終結させることだ。そうすることがこの戦闘の目的であると同時に、この戦闘に掛る批判や反対を最も軽くする方法であろう。
テロの根を完全に摘み取ることは難しい。ガン細胞と同じで、日頃は隠れていて思いがけないときに思いがけないところへ、突然に顔を出すからだ。しかし、アフガンにテロ組織を残してこの戦争を終わらせるのであれば、それはアメリカの完全な敗北である。世界に向かって、自由主義を守るために戦うと宣言したことが、保障できずに終わってしまうのだから。
この戦闘の後は、西欧キリスト教文明対中東イスラム文明の対立構造が一層鮮明になり、いわゆる文明の衝突といわれる緊張が避けられないことだろう。そのときに、東洋思想を基盤にしながら西欧的経済文明を発展させてきた日本は、いずれの文明圏にも属さない存在として貴重な役割を果たすことができると思われるし、またそうでなくてはならない。そのためにも、世界の中で存在感のある責任を果たすことのできる国家として、世界に認められねばならないのである。
【36】読書のへーナーへ (10.5)
【4】「日本とは何か」(堺屋太一 講談社文庫 331P. \570)
【35】理数系重視のエリート養成校創設…裾野を忘れた、高望み!(10.2)
『関連 … 教育のページ 9』
文科省は、科学技術分野のエリート養成のため、高校や中高一貫校で理数系教育を重視した「スーパーサイエンス・ハイスクール」制度を、2002年度から創設することを発表した。
小学校の低学年に理科・社会科の教科を復活させることをせずに、高校での「スーパーサイエンス・ハイスクール」制度とは、脆弱な基礎の上に高層ビルを建てるようなものである。
【34】読書のコーナーへ (9.30)
【3】「中国、この厄介な隣人」その2 (文芸春秋 10月号)(9.30)
【2】「花のあと」 (藤沢周平 文春文庫) (9.29)
【1】「中国、この厄介な隣人」その1 (文芸春秋 10月号)(9.26)
【33】あれこれまとめて4連発!(9.29)
長島監督辞任、
いつか来るであろうという覚悟は要ったのだろうけれど、ひとつの時代が終わった。これでやっと巨人フアンから離れられる。原の現役時代の記憶は不思議に残っていない。健闘を祈りたい。
薬害エイズ裁判 厚生省の課長 有罪判決
当然過ぎる判決でしょう。今回は死者が出ていることで刑事責任が追及されましたが、公務員の職務について、経済政策を誤った大蔵大臣・不祥事続出の外務省事務次官・学力低下を招いた文科省指導要領作成審議官・狂牛病への対応を誤った農水省担当官などの結果責任を、しっかりと問うべきです。民間の失敗は、クビ・倒産でッせ! まだ、「俺だけの責任じゃないだろう」という声が聞こえてきそう。ということは、「君に責任がある」ということだ。
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乱読・読みっぱなしの悪癖を、このコーナーへ読後の報告をすることで少しは改められるかと思ったのです。コーナーが増えてしまって手が回らず、他のコーナーの手抜きが心配されますね。「読 書」をクリックしてください。
【32】今こそ、日本を世界の中で役割を果たすことのできる国に(9.24)
『関連 … 政治経済社会のページ 18』
1991年1月に勃発した湾岸戦争のとき、日本は約150億ドル(約2兆円)の軍事費の支援を行ったが、汗も血も流さない日本の協力は国際社会において何の評価も得られず、終戦後に出されたクゥエートの感謝広告に、日本の国名は記載されていなかった。このことは、今、日本が国際社会でその役割を果たすとはどういうことかについて考えるとき、考え方の基盤として認識しておかなければならない前提条件である。
国内法の制約があるから後方支援しかできないというのならば、日本は憲法を含む法律を、世界の場でその役割を果たすことができるものに改正すべきであろう。国内法の制約などといった理由は、日本国内でのみ通用する言い訳であって、諸外国から見れば「何を勝手なことを…」といった独善でしかない。
これからの時代、テロという殺戮は時と場所を選ばない。日本は安全であるという保障はどこにもないのである。それに備えることをせず、国民の安全を守る手段をもたない国では、独立国としての態を成していないといわれても仕方あるまい。また、都合のいいときだけ、「アメリカが守ってくれるから」と言いつづけるつもりだろうか。
【31】保守党党首を交代するということの愚(9.18)
先の参議院選で保守党が議席を減らした。保守党の存在意義が問われているのである。ひるがえって考えると、保守党に存在意義があったのかと考えてしまう。
その保守党の党首が、扇 千景さんから野田 毅氏に交代するという。何らの支持基盤も持たない党である。扇 千景党首の明るいキャラが唯一の売り物なのではないか。野田 毅氏のイメージは根暗いし、言葉やや不明瞭かつ意味不明瞭。今回の交代劇も扇党首の入院中でキナ臭く、第一、先の参議院選挙で獲得した扇党首の40万の個人票に対して、野田 毅と40万もの人が書くかどうか考えれば、この党首交代の愚が理解されようというものである。
まさか、野田国土交通相となって、「道路公団は残します。熊本を初めとする地方の発展のために、道路網の整備は継続します」なんて言い出すんじゃないだろうな。扇大臣、早く退院して、「道路公団、解散! あたくしは宣言します」とやってください。
【30】さあ、戦争! 今、やるべきこと! (9.16)
『関連 … 政治経済社会のページ 17』
オサマ・ビン・ラディンさんという人を捕まえて、ゴメンと謝らせることに、全世界の目が集まっている。ブッシュさんも、西側世界対イスラム教国という図式にしてしまっては、ソ連崩壊後の世界に新たなる強敵を作ることになる。世界の敵…テロ集団の掃討ということで、アラブ諸国からも支持を取り付け、各国が力を合わせてチンピラを懲らしめる図式にしなければならない。根底にメスを入れて病巣を切り取っておかないと、抵抗力をつけた病原菌が、あちこちでポコポコと暴れ回ることになるので、足腰の立たないようにしておく万全の配慮が必要だ。
イスラムに仇なすものを排除する戦いを聖戦(ジハード)と称し、この戦いに命を奉げる者を勇者とたたえる。イスラムの高僧は「死ぬことを恐れるな、戦え」と教え、若者は戦いに散った友をうらやましいと言う。一向一揆と神風特攻隊とシャブ中を合わせたようなこんなタリバンという連中が、アフガニスタンでは国の80%を占拠しているというのだから、やっぱり戦争になるのだろう。
【29】 許されないテロ、世界貿易センタービルの崩壊が語るもの(9.11)
『関連 … 政治経済社会のページ 16』
米国で同時多発テロが発生し、死傷者は数千人に達するという。ニューヨークの世界貿易センタービルに航空機2機が激突して、ビルは2棟とも崩壊…。ワシントンの国防総省付近では飛行機が激突炎上など、旅客機4機を巻き込んでのテロである。
まさに映画以上の現実だが、世界の今日はこれほどの緊張の中にあることを、崩れ落ちるビルの様子を映すテレビの画面は伝えていた。世の中の平安は、人々の良識の上に危うく成り立っていて、一握りの狂気によっていとも簡単に破壊される。
良識を信じて無防備に毎日を過ごしていていいのか…、常に一部の狂気に備える体制を敷いておく必要はないのか…。「危機管理」に対する意識の持ち方の問題である。
【28】手錠少女放置の犯人は中学教諭…。 今の教育界、こんなことぐらいで
驚いてちゃ 子どもを学校へやれませんよ。 (9.10)
『関連 … 教育のページ 8』
起こるべくして起こった事件…というのが率直な感想である。
荒れる学校やキレる生徒の増加は受験戦争や詰め込み学習のせいで、その解消のため、学校群制度の導入や、ゆとり教育と称して教科の内容や授業時間数を大幅に削減し、20数年が経った。 ますます増大し低年齢化する少年非行、低学年へ広がる学級崩壊、生徒の学力の低下、研究制度もなく勉強しない教師たちの指導力や信頼の低下…。
崩壊状態にあるこの現実を前に、教育は、文部科学省は、全国の教育関係者は、どのように責任をとるのか。
【27】特殊法人の廃止・民営化に、省庁から「ゼロ回答」! ホントに官僚とか族議員とかは、国民をナメてますねぇ (9.5)
『関連 … 政治経済社会のページ 14』
省庁の権益を守ろうとする姿勢の頑なさを、改めて見せられた思いがする。不採算性の高い事業だから国の手でやらねばならないという論理が目立つ。甘えた話である。国なくして、何の事業もできはしない。その国が危急存亡の時期にきているというのに、国の中央省庁の当事者の意識の低いことは、何事であろうか。「省益あって、国益なし」…日本の官僚は自分の帰属する省庁の利益を守り、その権限の拡大と慣例の厳守に情熱を燃やしてきた。そうした、自分たちの権益を守るもののみが有能な官僚であるという定義から、天下国家を大きく視野に据えて職務に取り組むスタンスへと、日本の官僚も脱皮する時期にきているのではないか。
また今こそ、物言わぬことが美徳と黙してきたこの国の人々も、自らの声を政治に向かって発し、巨大な権益を頑なに守ろうとする族議員や利権省庁の抵抗を断固として排除し、近代国家日本への改革を実現しなければならない。
東証平均株価が、1万1000円を割り込んだ。新聞は、バブル崩壊後の最安値更新とか、14〜5年前の株価水準に戻ったとかの見出しで、歯止めの掛らない株安の様子を伝えている。
だが、この株安は、日本の社会のあるべき姿を映し出しているということを忘れてはならないと思う。バブル崩壊後、日本の政治や経済の仕組みに対して大きな疑問が投げかけられた。何事ももたれあいで、個としての力量を磨こうとしない体質は、一度つまずいたときには這い上がる力を持っていなかったし、横並び的協調体制は、結果の責任をあいまいにしてきた。責任をとるべき立場の者は、失政を恥じて政治家を辞するべきだ。銀行の頭取やゼネコンの社長は、全て辞職するべきである。
株価は常に、社会の世相を映し、あるべき位置を求めて躍動している。財務省や日銀のその場しのぎの介入で、株安が解決されるわけがない。ある指摘では、8000円まで落ち込むのではないかという声も聞いた。
ここは腰を落ち着けて、日本の社会のしくみを正し、経済の底力を整え直し、人々の意識を改革してこそ、株価は元気に躍進するわが国の繁栄を映し出す価格をつけることだろう。
【25】外務省の公金不正支出疑惑解明は、独立検察官の手で (8.26)
『関連 … 政治経済社会のページ 12』
次ぎから次へと出てくる公金不正支出そして横領…。ここまで来ると体質と言うべきで、組織全体が公金を使用に流用することを当然と考えているということなのだろう。
外務省だけに頻発する公金不正支出だが、多くの省庁の内で外務省だけに生じた不祥事であろうか。もちろん国民は、他の省庁にないわけはないと思っている。
省庁の不正を正し、政治を王道に留まらせるためにも、疑惑の解明は、独立した権限をもつ検察官のチームを組織し、これに当たらせるべきである。外務省をはじめとして中央官庁の業務を調査し、疑惑も不正もなければそれはそれで結構。身内の疑惑解明では、国民は納得しない。専従の検察官の捜査と報告を望みたい。
ばれたものは運が悪いというのでは、正直者はバカをみることになる。国家としての後進性が嘆かれる。不正は必ず正され、正義が行われることが当然である社会をつくることが、国づくりの基本である。
【24】文明が発達すると、人間は必ず堕落するのだろうか(8.18)
『関連 … 教育のページ F』
親が自分の子どもを虐待して、死に至らしめる。近頃、この手のニュースが新聞やテレビで伝えられることが多い。母性・父性の喪失であるが、社会が人を守り育てることについて、人としての尊厳さを失っている。
【23】暴風雨警報の最中、海を見に行った! 波頭逆巻く海は、豪快勇壮!
(8.21)
今年初めての台風上陸である。大型台風の襲来に、NHKなんか朝から台風のニュースばかり。
午後3時、紀伊半島へ。来た来た、ワクワク…。夕方、暴風雨警報発令の中、贄崎海岸へ行ってみた。いつもの穏やかな表情とは異なって、砂を巻き込んだ土色の海水が大きくうねって堤防に打ち付け、白濁の泡末が砕け散る。白い波頭が遥か沖合いにも立っていて、吹きつける風とともに見る見る押し寄せる。
初老のおじさんと外国人の若者が、吹きつける雨の中を堤防に立って沖を見ていた。昔から日本を取り巻く四方の海は、いろいろなものをこの国に運んできた。文字・宗教・技術・思想・富・破滅…。今日の海は、明日からの現実を生きる、荒らぶる勇気を漲らせているかのようであった。
【22】「不幸にして耳が二つあり、周囲の雑音を聞きすぎた人々が、この国を迷走させてきたのである」 (8.14)
『関連 … 政治・経済・社会のページ』
参拝を終えて小泉首相はテレビに向かい、「小泉は人のいうことを聞かないといわれていますが、幸にして耳は二つありますので…」と述べていたが、今までの歴代の政権は、不幸にして耳が二つあり、周囲の雑音を聞きすぎてこの国を迷走させてきたのである。国民は、今までの首相と違って、自分の信じる通りの道を進もうとする小泉首相に信を託して、80%を越える支持を与えたのだ。錯乱の加藤、人柄の山崎に相談し、その結果、中国・韓国の政治的非難に揺れた。今更、人の言に左右されてどうする。
8月13日の参拝で、小泉首相は大きく支持率を下げたことだろう。ここでもう一度、確かな言葉で国民に語り、自らの志に邁進する姿を見せてほしい。日本国民はもうファシズムや軍国主義に染まる愚かなことはしない。その日本国民にとって、小泉首相は政治を託した最後の夢なのである。
【21】 もう、行って来たんだって? 四分六の玉虫色決着。苦渋の熟慮の中で、覚悟の程も少し色あせたというところか。 (8.13 18:25)
「今日の日本の平和と繁栄が、尊い犠牲の上に成り立っていることを考えますと、改めて心からのお礼と敬意をささげます」と発表された談話の真意に疑いはないが、政治の軋轢の中で鉄の初心が揺らいだというのは、小泉純一郎もまた人間であったということか。
靖国問題はまた正面から論議されずに終わり、日本はなお戦犯としての影を引きずらなくてはならない。8月13日の小泉首相の参拝は、歴代内閣が手を染めることを避け続け、まだ決着をつけられずにいる戦後処理を、何一つ解決しないままに明日に持ち越したということになる。中国や韓国の抗議と誹謗の言葉のみが繰り返し積み上げられたまま…。
これから進めようとしている構造改革は、この何倍かの抵抗を覚悟しなければならない。しかも、身内の裏切りや同志の反対も乗り越えての断行を重ねねばならないことである。図らずも2代目のひ弱さだったか、苦渋の曲折を選択せねばならなかった小泉純一郎に、明日以降なお強い言葉で国民に語り、その支持を基に万骨枯る改革の道を歩むことができるだろうか。
今日、小泉内閣の支持率は大きく下がった。自らの信念に基づいての行動から支持率を下げたのならば賞賛もされるが、外圧に配慮し妥協の末に支持率を下げたというのでは、同情されこそすれ評価はされない。もう一度、自ら信じる道を胸を張って進む小泉純一郎の志と雄姿を取り戻してほしい。
S 小泉首相、依然、熟慮中。どんな服を着ていこうかと、熟慮しているんじゃないのかな! (8.13 13:00)
もう、腹の中では、決断しているでしょう。今考えているのは、どんな髪型でどんな靴下を履いて行くかということ…。だから、最後に相談する相手は、森英恵さん!
近隣諸国の顔色をうかがい揉め事の種は避けて通るといった外交に、国民は辟易している。問題の本質を見ずに根本的な解決を計ることをしない体質、その場が無難に乗り切れればそれでよしとする無責任さ、他人に言われればすぐに尻尾を巻く軟弱さ…、そんな政治に決別することを託して、改革の小泉にエールを送った。
自ら信じる道を行くのならば、百万人とて我行かん…である。
R 「女、子どものすることだから…」という寛大さが、この国にはありましたよね。 (8.12)
群馬県連に出向いて陳謝する田中真紀子外務大臣の姿が、何度もテレビに映し出されているのを見て、この国の…少なくとも自民党の身震いする陰湿さを感じた。社会の底力としての明るさや大らかさが、もうこの国には無くなってしまっているのだ。イギリスだって、エリザベス女王やサッチャー元首相のことは、多くのことを国民は大目に見てきたんですよ。
アメリカを旅行したとき、私たちのカタカナ英語を何度も聞きなおして注文を取ってくれたレストランのウエイトレスも、自店にないゴルフ用品を売っている店を電話で探してくれた百貨店の店員も、四つ目の曲がり角まで同行してくれて道を教えてくれた大学生の女の子も…、出会った人はみんな底抜けに明るく親切な人たちであった。
アメリカという国の底知れない実力は、この陽気な明るさから生まれてくるものであり、今日という現実がつらく苦しいものであったとしても、その明るさがある限り明日はまた希望に満ちた一日が始まることを、この国の人たちは信じて疑わないかのようであった。その明るさがこの国の底力なのだと思った。
「この候補の名前も知らない」と言って応援演説をする真紀子ちゃんの姿をテレビで見て、苦笑した人は多かったと思う。ボケと突っ込みの掛け合いが田中真紀子の口調の根底で、都議選のときも、「お父さんしっかりしてよ」と候補者をけなす脱線も確かにあった。でも、それは大自民党の懲罰委員会に掛けて断罪することか。その論理に明日はない。若く新しい芽を摘み、伸びる力を萎縮させる。田中真紀子をすら寡黙にさせる。
建設的で伸び行く力を育くむ社会とは、明るく大らかで伸びやかな社会でなくてはならない。自民党はやっぱりダメだった。でも、この国も最近どこか変だ。
Q 小泉首相が靖国神社へ参拝することの論理 (8.8)
『関連 … 政治・経済・社会のページ』
N もう、学校はいらない!(8.4) 『関連…教育のページ(8.4)
2002年度から、文部省の定める新指導要領が実施され、小学校の学習内容が大幅に改定される。一連の改定事項を調べれば調べるほどに、学校教育の果たす役割は低下し、もはや学校は教育機関としての責任を放棄したのではないかと思われる。
新指導要領では、小・中学校の国・数(算)・理・社の4教科の授業時間数と学習内容が今年と比べて3割削減される。小学校での4教科の学習時間数は、ここ20年間で1000時間も授業時間が少なくなった。
詰め込み教育・受験競争が、切れる子どもを生み、学校崩壊を起こすから…を理由にして、授業時間と内容を減らして20年を経た今、少年非行はますます増大の一途を辿り、非行年齢はますます低年齢化しいてる。ゆとり教育と称してお遊び授業を増やした結果、学級崩壊は低学年に及んでいる。教育はこの事態にどう責任をとるのか。そして来年、文部科学省は、円周率は3、漢字は読めれば書けなくてよい…などという、新指導要領を実施しようとしている。もう、学校へ行く必要はない!
日本再生を託して、国民は小泉自民党を勝利させた。小泉人気は、日本国民が政治に掛けた最後の夢である。夢の成就を託して、小泉支援の意思を、この選挙結果に表したものである。
自民党にとっても、将来を付託する政党たりうるかどうかの正念場である。この改革を失敗させたならば、自民党の明日はもうない。
午前2時34分。扇 千景さんの当選確実が打たれた。なぜか、ホッとした。扇さんの敗戦の弁は聞く勇気がなかったからである。泣かれたりしたら、テレビを切らねばならない。
大橋巨泉の当選には、民主党に対して情けない思いがした。機を見るに敏なだけの、ブラウン管の表面にへばりついていた男を、小泉人気に翻弄された党を救うヒーローとして、海の向こうから迎えなければならなかった民主党の無念さが思われた。
明日からの国会劇場第二幕。純ちゃん、夢に酔う国民の目を覚まさないように!
K 「おたくの曽々祖父さんは、明治維新で幕府軍のお偉いさんだった
から、墓参りはしないで下さい」と言われているみたいなモンと違い
ますか。
『関連 … 日本の政治・経済・社会のページ(7.25)』
F 靖国神社参拝について、日本は自国の論理を確立することが必要である
あるイギリスの日本人研究に熱心なジャーナリストが書いている。「戦後、ビルマの日本人収容者にいた秋山大尉(仮名)が戦犯とされた罪状は「捕虜虐待」容疑であった。戦時下、捕虜の米兵の食事にゴボウを出したのが、「木の根を食うことを強要した」というのである」。戦争犯罪人の裁判とは、所詮、戦勝国が敗戦国を裁くものである。はたしてA級戦犯は、中国政府や野党幹事長が指弾するように、世界の正義に照らして「人類の敵」と断罪できるのか。
J 壊滅的な打撃から脅威の復活を遂げたアジア諸国の経済。
もたつく日本は、アジアでも取り残されるのではないか。(7.24)
7月20日からの3連休。いっこうに上を向かない日本経済に比べて、壊滅的な打撃を受けながら脅威の回復を遂げたアジア経済の原動力は何であったのか。それを知りたくて3冊の本を買い込んできた。果たして、理解できるか…、いやその前に、読破できるか!(7.20)
解かった。壊滅状態にあったアジア諸国の経済は、どのようにして復興してきたか…を読んでみた。以下、少し長くなるが、かいつまんで報告する。
アジアの不況はタイ・バーツの切り下げから始まって、タイ型・香港型・韓国型と、それぞれ原因と形は違ったけれど、国家の壊滅かといわれるほどの経済危機に陥った。インドネシアではスハルト政権の倒壊を招いている。
しかし、アジア経済はV字型の回復を示している。その要因は少々乱暴な言い方だけれども、(1)改革の断行と思い切った経済再生策、(2)輸出の伸びであった。
(1)の改革は、例えば韓国では47の金融機関を整理(全体の16.7%)、銀行従業員の34%にあたる39000人が解雇され、上位30の財閥のうち10が破綻倒産という断行であった。東南アジア諸国では、韓国と同様の方法の他に、IMFからの資金導入に際して要求された緊縮財政を、景気の落ち込みが激しすぎたため緩和容認に方向転換させた効果が現れたことが大きいとしている。政府の敏速かつ積極果敢な金融政策、延命でなく外科手術型の改革断行が大きな実を結んだのである。
(2)の輸出は、神風的であるが、アジアはIT機器の世界的な供給地であるので、米国をはじめ世界的なエレクトロニクス好景気によって、輸出が増加したことである。 …という。
この結果、韓国は98年−6.7%の経済成長率が99年には+10.7%、タイは−10.2%から+4.2%へと、わずか1年で驚異的な回復を遂げている。
日本は通貨危機に見舞われたわけでもないのに、100兆円からの公的資金を注入しながら、ゼロ成長・マイナス成長が続き、今まだ、金融の不良債権は不気味な深淵に沈んだままで、先行きの見通しは立たない。その原因は明らかである。構造改革に踏み込まず、不良銀行・赤字企業の延命策ばかりを続けてきた結果である。
アジアは、そして世界は、ダイナミックに変化している。日本は、参院選に自民党が勝利したら、また小手先の策を弄して、目先の救済に走り、世界の大きな潮流に取り残されることになるのではないか…と、そんな読後感を持った。 (7.24)
I この改革は、平成維新なんですよね。だから、小泉・田中・竹中・
石原…といった、実績のない者がやるんですよ。 (7.22)
平成維新という言葉の響きは、決意を秘めていて耳に心地よいけれども、果たして改革に値する具体的なものを打ち出すことが出来るかどうかも、それを成功に導く方策はどうするのかも、その結果としてこの国がどこへ行き着くのかも、まだ白紙に近い状態である。ただ、このままではダメで、構造的な改革が必要であるという意識が、国民的な合意としてあることだけが事実である。
明治維新と同じで、やってみなければ解からない改革である。かつて、護送船団方式の日本経済は安泰であり、政治は安定、官僚は優秀で、国民は知的勤勉であった。それが、バブルがはじけて今、政官民ともなすすべがない。マルクスもケインズも否定されてしまった。お手本のアメリカも危うい。やってみなければ解からない改革である。
小泉・田中・竹中・石原…は、理想と決意で維新に走る下級武士の感がある。利権集団の守旧派の面々は幕府軍で゜、警鐘を鳴らす評論家諸氏は結果でどちらにもつく京都公家集団といったところか。
明治維新と一緒で、どうやっても功罪相半ば…。ただ、「小泉・石原新党」でもいい、この国の行くべき形を明確に示す改革でなくては、この国はもう浮かばれないことを忘れないでほしい。
H 津市は、近隣市町村との合併を急げ (7.20)
『関連 … 津市についてのページ 参照』
自治省は、今、3300余ある全国の市町村を1000程度にまとめたいとしている。地方分権法案が成立して、さまざまな場面で地方自治体が取り組まねばならない事柄は、従来に比べて飛躍的に増加しようとしている。これからは、人口5千人や1万人が一つの単位として行政を行うことには、無理や無駄が生じてくる。市町村の合併は、時代の急務なのである。
津市は、「合併問題検討会」を設置して、この問題に遅れをとらないよう具体的な行動に入るべきである。安芸郡を第一として、久居市・一志郡を含めた合併を視野に入れて、そのメリット・デメリットを検討し、正しいリーダーシップと配慮を持って、近隣の市町村に提案を行わなければならない。近隣の人々の疑念や不信感を払拭する努力をすべきであって、資料・情報を正しく伝えて信頼を得、胸襟を開いて呼びかけを行い、テーブルを用意することは、合併の中心となるべきものの責務である。
G 小学校1・2年生に、理科・社会科の復活を(7.18)
『関連 … 教育について(7.9)参照』
平成4年度以来、小学校1・2年生の時間割から、「理科と社会科」の時間がなくなっている。新設された生活科という学科の中で、理科・社会科の学習内容を修得することとされている。
ある論文の一節を参照いただきたい。『日本が「理科が好きな生徒」の割合でも、「将来、科学を使う仕事をしたいと考えている生徒」の割合でも、世界最低なのである。この他、「理科は生活の中で大切と考える生徒」の割合でも、「理科はやさしいと思う生徒」の割含でも世界最低である。見ていて恥しくなってくるとともに、中学1・2年生でこれほどの理科離れが起きているこの国には、未来がないとつくづく思った。これからの社会はますますサイエンスが重要になってくるのに、日本にはその時代をになうべき若者が欠けつつあるのである。』
この状況の中、小学校1・2年生に週2時間程度でも、教科としての理科・社会科を復活させることの必要を考えなくてはならない。同時に、理科・社会科を魅力ある教科として教えることのできる、造詣と技能を持った教師を育てることの重要さを考えてほしい。
F 小学校に、理科・社会科の専任教師の配置を(7.19)
『関連 … 教育について(7.18)参照』
現在、小学校の理科の教科書に出てくる「実験」のうち、半分以上を実験せずに黒板だけの授業で済ませているという小学校の教師は、それほど珍しいことではない。理科を専門とする教師は、「理科ほど面白い教科はない」と言うが、理科の授業を苦手とする教師は意外に多い。社会科についても、社会見学や聞き取り調査など、社会科学・人文科学の基本的な学習は時間がないの一言で片付けられる。実際は、教師自身が社会科の指導方法を修得していないのである。
今は、小学校の1・2年生には理科・社会科の授業時間すらなく、3年生以上の理科・社会科も、総合学習の名のもとに、自然科学・社会科学の基礎を修得させる学習は行われていない。こんなことで、日本の科学技術の将来に、教育はその責任を果たすことができるのだろうか。
小学校にも理科・社会科の専任教師を配置するべきである。理科・社会科は、指導に際して、確かに専門的な知識や技量が要求される。多くを専任教師に委ねるべきであり、またそうすれば担任は他の教科の研究や準備に万全を期すことができる。教師にとっても、また何よりも子ども達にとって、必要かつ最良の体制であると思う。
C 小泉人気は、国民が政治に託した最後のチャンス (2001.6.25)
東京都議選が、自民党の圧勝に終わった。小泉人気のなせる技であるが、もともと有権者の多くは緩やかな変革向上を望む保守層であって、自民党が健全な政党であれば、これに投票することを当然としている。前回の共産党の伸張は、自民党に対する苛立ちの反動としての得票であったことも、今回の選挙は顕かに示して見せた。
民主党の議席の延びも、小泉人気に対して緊張感を覚えた野党勢力が、きちんとした対応をした結果の現れだろうか。すなわち、今までは放っておいても自民党のタガは緩んでいるから、正反対の極にいる共産党を際立たせて、反自民を形の上で鮮明に見せておくことが、有権者の意思であったのだろうけれど、昨今の小泉人気は、反自民勢力も自民党の自滅を待つということは許されず、実質的な政治勢力として内容を持たせることが必要となり、民主党という形に意思を結集させたということなのだろう。
小泉人気は、野党勢力の緊張を喚起し、政治に対する人々の関心を高めたという点も評価されると思われるが、自民党にとって、ここは喜んでいるときでなく、再生への最後のチャンスを与えられた、スタートの地点であることを肝に銘じるべきである。
国民の大多数は、日本が再び活力ある国家として再生することを望んでいるし、その力を秘めていることを信じてもいる。いま、この国を再生させる正しい指導者を望んでいるのであって、その期待を小泉首相に託しているのだ。だから、ここで自民党が、託された期待を裏切るようなことがあったら、私利私欲を図り、独善的な論理に走ることを繰り返したら、国民はそれを許しはしないだろうし、何よりも日本の国にとって致命的な損害を生じることになる。
国政を担当するものの本義として、自民党よ、そして議員諸君よ、今こそ政治の大道を歩み、この国の行くところを明らかに示せ。目標が明示され、信頼のあるところ、痛みにも耐えられる。今、国民は、自民党に対してだけでなく、政治に対して、最後のチャンスを与えた!のである。
B 学歴偏重社会の打破 … 官公報・新聞から、出身校の表示をやめよう (6.16)
人間の尊厳と価値を学歴で測ることの弊害をなくし、過激な受験戦争を煽ることなく、教育の本質を取り戻して青少年の健全な育成を目指す…などの合言葉のもと、「学歴偏重社会の打破」が叫ばれて久しい時が過ぎ去りました。
現在その運動は、関係者もマスコミも世論も、ひところの熱心さに比べて、やや下火となった感は否めません。昨今、官公報や新聞各紙の人物紹介を見ますと、依然としてそのほとんどの場合に「出身校・学歴」が表記されています。
学歴によってその人物を評価することを改めるとする、「学歴偏重社会の打破」の主旨から考えますと、人物紹介や選挙公報などに、出身校・最終学歴を記述する必要はなく、むしろ記述することが学歴によってその人物を評価することにつながっていると思われます。
学歴からその人の価値を計ろうとする人間観、そこにつながる受験をビジネスにする偏向した受験競争が大手を振って歩いているのは、言うまでもなく望ましい社会の在り方ではありません。これらを是正し教育本来の目的を取り戻すために、また、人間の価値はその個人の生き方にあるのであって、決して出生の条件や社会的なレッテルによって左右されるものではないことを知らしめ、健全な日本社会を構築するために…、さらにもうひとつ、固定的な観念にとらわれることなく、人間の持つ根源的な部分からその人の価値を見い出し、社会の原動力とするために、学歴によって人を計る旧弊を改めなければなりません。
その第一歩として、官公報や新聞の記事などから「出身校・学歴」の記載を廃することが肝要であり、「学歴社会の打破」への手がけるべきアプローチであると考えます。
A 主婦感覚の田中外務大臣を、それでも守ってください (2001.6.8.金)
田中真紀子外務大臣の身辺がかまびすしい。スタートの当初から、外務省内のごたごたやアーミテージ米国務副長官との会談が実現しなかったことなどが、田中外務大臣をめぐる一連の問題として報道されていましたが、最近になって、その言動の細部までが報道され、一部の言葉が一人歩きして外相批判の材料にされています。繰り返されるバッシングの中で、タイミングを計るように田中外相の資質に疑問を投げかける論議や罷免を求める声などが、表舞台に見え隠れするようになりました。
しかし、田中真紀子はまだ外相になってから三ヶ月なのです。資質も成果も計るほうが無理というものです。さらに、機密費問題に象徴される外務省という特権的な官僚組織の改革を、積極的かつ果敢に断行するには、主婦感覚・虚言癖・怨念政治と言われても田中真紀子をおいてほかに人はいないことを国民は知っています。だからこその高支持率なのです。
ここは、内閣も与党も支持する国民も、田中真紀子というたぐいまれな素質を持った政治家を見守り育てていこうとする姿勢を持っていただきたい。派閥の論理による横車や、OBの国会議員を動員してまで組織の利益を守ろうとした外務官僚の専横によって、外務省改革に取り組む真紀子外相が倒されようとしている状況を、今、私たちは見過ごすべきではない。ここで改革の糸口が断ち切られたら、各省庁の改革・特殊法人の見直し…等々、小泉内閣の掲げる構造改革は総崩れです。
@ 「名こそ惜しまん」 (2001.5.30)
日本には、古来から、『名を惜しむ』と言う考え方があって、万葉集には「名を惜しみ 人に知られず 恋ひ渡るかも」と詠まれ、鎌倉武士以来「名こそ惜しまん」という合言葉は、武士道の中心的な思想として、日本人の精神構造の中に大きな位置を占めてきました。
太平洋戦争の敗北を契機として、それ以前の全てを否定することが進歩的であるとした日本は、日本人たる根源の精神的な支柱をも喪失してしまい、今日、社会の混沌を招くに至っています。
今一度、「名を惜しむ」ということ…自分の名誉と誇りをかけて、世の中の正しいことや人としてやるべきことを成し遂げていこうとする思想と体制を構築することが大切です。名誉をないがしろにするものは軽蔑されて、人間として信用されませんし、誇りを持たないものは軽んじられて、人に尊敬されることはありません。
永田町の倫理・派閥の利権など私利私欲に走る政治、公的資金の導入・債権放棄の要請など自己の責任を取ろうとしない経済、子どもの学力を保証せずに競争原理や責任を放棄した教育など、今の日本の抱える問題の原点に、名誉と誇りをどこかへ忘れてきた日本人の姿があると思います。
