

て寺宝の公開も行っている。秋の日の暮れるのは早い。伊勢丹を出たときは、少し明かりが残っていた東の空も、いつの間にかとっぷりと暮れて、山の端もかすかに望めるだけ。無明暗夜の闇の中にたたずむこの寺の正式な名前は、聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺。第七世法主永観律師にちなみ永観堂と呼ばれているとか。
【社会72】 10/4 NHKスペシャル 少年犯罪はなぜ増加するのか への投稿
少年犯罪の増加の原因には、数々の社会的な要因が挙げられますが、何といっても学校教育の責任は免れないと思います。人生の師としての役割を自ら否定した教師のサラリーマン宣言は、尊敬の対象としての教師像を崩壊させました。
さらに、徳育教育のない現在のカリキュラムに始まり、… (以下、本文へ)
【政治71】 第2次小泉内閣 スタート (10.1)
…(略)…。もうひとつ、大切なことは意識を改革することである。日本人の沈黙・腹芸・話し合い至上主義は、競争原理を鈍らせるとともに、物事を論理的に判断することや、世の中の不合理を糾弾し排除していくことを妨げてきている。戦え、日本人。構造改革とは、意識改革なのである。
【物見58】 大神神社(おおみわじんじゃ) 参拝 (9.18)
…(略)…。 天津神の大和豪族と国津神の出雲豪族との間の国譲りの神事は、日本古代史上の最大の謎である。両者は摂津・和泉のあたりを主戦場として、政権をかけた戦いを繰り返したことと思われるが、やがて大和朝廷が成立して、出雲の主である大国主はわが国最大の寺社である出雲大社に鎮魂される。
このあたりの歴史を紐解けばロマンは限りなく膨らむが、今日は出雲神である大物主が大和の地に日本最古の神社として祀られていることに着目したい。
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【読書46】「論語」(貝塚茂樹 訳注、中公文庫)、(金谷 治訳注、岩波文庫)
(9.6)
…(略)…。 今回の一読で、新しい出会いを得た。その1は、君子とはどういう人か。「以って六尺の弧(こ)を託すべく、以って百里の命を寄すべく、大節に臨みて奪うべからず」(幼い孤児を託すことができ、百里四方の国家の政治を任せることができ、重大な局面で志を変えさせることができない)人だという。…(略)…。百里の命は身に余るかも知れないが、「俺の子どもを頼む」といわれる男にはなりたいと思う。
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【読書34】「フォアー」 (夏坂 健著、新潮文庫) (9.10)
実はこの本、かなり前に読んで、今日まで報告する時間がなくそのままにしていた。珠玉のゴルフエッセイの中から、笑える話をひとつ…。
イタリアだったか、アイルランドだったか(国民性に関わる話なので、国名が大切なのだが、なにぶんにもかなり前に読んだので)、フレッド・カプルスが出場したトーナメントで、パラパラッとしかいないギャラリーの一人が、たまたまカプルスのパットラインの前方に立っている。競技委員を呼んで、そのおじいさんに、「立つ位置を、少しずらして欲しい」と頼んだところ、「ここは俺の位置だ」と譲らない。
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【物見57】 9月9日 重陽の節句、 そして今宵は 十三夜
(9.9)
…(略)…。 明後日、9月11日は旧暦8月15日、中秋の名月である。ということは、今宵の月は十三夜! 「青い月夜の十三夜」と唄われた夜は、こんなに明るい月の夜であったのか。 家の庭より→
【読書48】 「祇園の教訓」 (岩崎峰子 著、幻冬舎) (9.9)
…(略)…。稽古とは、自分の個性を消してしまって、師匠の真似をすることから始まるという。師匠がカラスは白いと言えば心底からそう思って励んでこそ身につくもので、どこかで本当は黒いと思う自分が居る間は稽古に身が入らないというのである。
【読書40】「小沢一郎の挑戦」 (大下英治著 徳間書店) (9.8)
平成2年、イラクがクウェートに侵攻して、湾岸戦争の幕が切って落とされた。自衛隊の派遣をめぐって、腰の引けた海部内閣に対して、幹事長の小沢一郎は、「国連指揮下の平和維持活動に自衛隊を派遣するべきである。国連軍への参加は、同盟関係をもとにした集団的自衛権の行使ではなく、国連が武力行使を認めたものは集団的安全保障であって、これは日本国憲法に触れない。」として、アメリカから強く望まれた自衛隊の派遣を提言する。…(略)…。
以後、この小沢のスタンスは変わっていない。今、民主党との合併を控えて、自衛隊の海外派遣問題は、どう解決策を見い出すのか。(以下、本文へ)
【読書47】石原慎太郎総理を検証する (福田和也 編著、小学館) (9.8)
…(略)…。彼らは、まさに大きく世界と日本が変わろうとしているとき、深い歴史に対する認識と断固とした国家戦略を持った石原慎太郎を、この国の総理にしなければならないと説く。(以下、本文へ)

【56】 乗鞍スカイラインと白骨温泉 (9.3/4)
…(略)…。日が暮れると、あたりの山々は漆黒の闇に包まれ、その懐(ふところ)に抱かれたいで湯の里は静寂の中に沈む。
宿の浴場は24時間。12時過ぎ、ひとり、露天風呂の湯船にひたる。見上げれば満天の星空! あたりの涼やかさは、もうすっかり秋の気配である。
● 小学校の中高学年に、教科担任制を 【教育8/17からのつづき】 (9.4)
現在、小学校は原則として学級担任が全教科を教えている。全教科にわたって研修することは、時間的物理的に難しいという指摘もあるが、やはり段階的な研修を行うような制度を確立するべきであるし、また同時に、小学校でも教科担任制をより進めることが必要だ。中高学年の理科・社会科、高学年になれば全教科とも、より専門的な教科の知識や指導力を持つ教科担当に任せるべきだと思う。
理科の専門家たちは「理科ほど面白い教科はない」と言うが、一般の教師の中には理科の指導を苦手としているものは多く、授業において、教科書に載っている実験すら生徒にさせることなく、その多くを省略しているのが現実である。子どもたちの興味を喚起する理科の実験は、高度な技量を必要とするものも多いし、生徒を学習の現場へ連れ出して見聞調査させる社会科の学習には、熟練した指導の観点が求められる。全教科に対して、熱意と興味を持ち、高い指導技術を持つことには確かに無理がある。とすれば、教科担当制を進めて、指導の実績を挙げることだろう。また、中高学年の子ども達には、できるだけたくさんの担当教師に授業を受け持ってもらい、多くの人格に触れさせることは大切なことである。
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【物見55】 奈良 ライトアッププロムナード 2003 (8.28)
…(略)…。奈良は今、東大寺大仏殿・興福寺五重塔など、奈良を代表する建造物など11ヶ所をほのかな明かりで映し出し、夏から秋への古都の夕景色を訪ねる『ライトアッププロムナード・なら 2003』なる催しが行われているのだ。
…(略)…。歴史的建造物と自然的景観が渾然一体となった奈良公園を舞台に、趣き深い古都の情感をいや増す光の演出。控えめなやわい光りに浮かぶ天平の甍は、昼間とはまた違った表情を見せる。(以下、本文へ)
【政治70】 米、10年来の不作 − 日本の政治改革は 今 − (8.30)
平成5年、前年の冷夏の影響で、日本の備蓄米が底をついたと、タイ米を緊急輸入したことがあった。…(略)…。このように全ての事柄に対して利権が動く政治の実態は何と情けないことか。…(略)…。反対勢力の面々が、「道路は国益・経済の底入れ」などと言い、反小泉を叫んでも、それは政治を利権の渦巻く旧体制に戻そうとしているだけだと、国民の多くは察知している。大衆は愚かだけれど、時代を見通す能力は確かである。国民の意識の底に流れる改革への意識は、小泉改革支持に向けて大きな深層流となり、自民党の議員や党員に作用して小泉再選を実現することだろう。
今、日本は古い政治体制からの決別へ、ようやく動き出そうとしている。もし、万が一、小泉再選がされずに旧体制へ政権が戻って秋の衆議院選を迎えるなどということになれば、改革へのエネルギーは一気に政権交代・政界再編に向かうことだろう。いずれにせよ、新生日本への始動が芽生えている。
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【物見55】 奈良 ライトアッププロムナード 2003
(8.28)
…(略)…。奈良は今、東大寺大仏殿・興福寺五重塔など、奈良を代表する建造物など11ヶ所をほのかな明かりで映し出し、夏から秋への古都の夕景色を訪ねる『ライトアッププロムナード・なら 2003』なる催しが行われているのだ。
…(略)…。歴史的建造物と自然的景観が渾然一体となった奈良公園を舞台に、趣き深い古都の情感をいや増す光の演出。控えめなやわい光りに浮かぶ天平の甍は、昼間とはまた違った表情を見せる。(以下、本文へ)
【社会69】大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件 宅間被告に死刑判決(8.28)
…(略)…。法廷で暴れ、遺族の前で「死ぬことなんて恐れてはいない」と言い放つ宅間被告の姿に、圧倒的な暴力を前になすすべを知らない、この社会に対するやりきれなさを感じた。…(略)…。イスラエル対パレスチナの果てしない戦闘も、このむなしさの延長上にあるのではないか。論理も、信頼も、全ての努力が、一発の爆発の前に吹っ飛んでしまう。(以下、本文へ)
【物見54】 名古屋 広小路まつり (8.23)
…(略)…。広小路が通行止めになっていて歩行者天国! 沿道にたくさんの屋台が並び、「広小路まつり」の案内板が立っている。…(略)…。三越前の舞台では「リオのカーニバル」、金髪の踊り子のヒップの高さが気になった。(以下、本文へ)
【物見53】清水寺秘仏のご開帳と大文字送り火 (8.16)
清水寺奥の院のご本尊「千手観音菩薩坐像」が、脇侍の地蔵菩薩・毘沙門天や風塵・
雷神とともに、243年ぶりに開帳されたと聞いて、お昼から見学に出かけてみた。
丸山公園に車を停めて、八坂神社を抜け、高台寺道から三寧坂・二寧坂・一寧坂を登る。すごい人出だ。そういえば今夜は大文字焼き。お盆に帰って来た亡き人の魂を、霊界に送る五山の送り火が炊かれる。
● 教師の指導力を磨くために、研究体制の確立を 【教育8.11からのつづき】 (8.17)
…(略)…。授業技術、学習指導、教科内容、学級・学校経営など、教師としての技量を幅広く習得し深めていくことはもちろん、児童心理学、郷土の歴史、また社会人としての素養一般などに渡って研究体制を整備し、全ての教師が教師になってからの年次によって組まれたカリキュラムに従い、毎年2ヶ月間ほど研修することが必要であろう。いじめの問題とか、学級崩壊に対する対処など、教育にとって問題とされる問題を包括して解決策を研修させるのである。(以下、本文へ)
【政治68】 58回目の終戦記念日 (8.15)
…(略)…。現在の日本を形成している精神的背景には、東京裁判史観が色濃く影を落としている。…(略)…。かの大戦は、日本にとって、恥ずべき行いであったのだろうか。国家というものの非情さや力こそ正義であった世界史を知るほどに、日本がアジアをしてひとつの共同体とするべき構想を進めたことは、欧米諸国の利益に反したことは事実としても、世界平和や人道に対する犯罪だとの認識は持ち得ないのである。
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● 人が拠って立つ「大局観」のもとは、文学・歴史・哲学・芸術などの、
役に立ちそうもない教養 【教育 8.4のつづき】 (8.11)
…(略)…。世の中を創っていく力とは何かといえば「大局観」であり、この「巨視的長期的視野」を養うものは文学・歴史・思想・哲学・芸術といった、当面の役に立ちそうもない「教養」である。そして、その教養は古今の書物に親しみ、幅広い読書を積み重ねることをせずには身につかないものである。「大局観」のないものは、物事の本質を見られずに小手先の対症療法とか、その場しのぎの辻褄合わせを弄するばかりで、根本的な解決は果たせないし、会社や国家を正しい方向へ導くことはできない。
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【物見51】 青森 ねぶた祭り (8.9)
午後6時30分。あたりが少し暮れかかったころ、21台の山車が引き出され、会場内の所定の位置に待機。
定刻6時50分、花火を合図に全ての山車が一斉に動き出し、ラッセイ ラッライの掛け声とともにハネトが跳ねる。(以下、本文へ)
● 名作で生きる力を【教育 7.30のつづき】 (8.4)
国語の学習についてもう一点、読ませる教育(読書)の充実を提案したい。近頃、「声に出して読みたい日本語」などの本が書店の並べられ人気を集めているが、夏目漱石や森鴎外の名作が教科書から消えることを危惧しての、市民の行動であると思われる。小中学校の国語の中で、読まなければならない名作をきちんと決めて、子どもたちに示すべきである。
名作を読むことによって、子どもたちは「人が生きるということはどういうことか」を知ることだろうし、「生きる力」を身につけることだろう。

【物見52】 躍進する横浜 みなとみらい21の花火
(8.2)
…(略)…。外人墓地へも寄ってもらった。望郷の念を抱いたまま異国の土に帰した人々の思いが胸を打つ。…(略)…。中華街で夕食を終えたあと山下公園までブラブラ歩き、芝生の上へ新聞紙を敷いて寝転がる。花火見物の態勢だ。
『ン、何か足らない』。そうか…と気づいて、焼きそばとベビーカステラ、それにコーラを買ってきた。満腹でも、花火アイテムが揃わないと雰囲気が整わない。
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【物見50】 六本木タワー(六本木ヒルズ森ビル)と 外国
人の街 (7.18)
…(略)…。 30秒もかからずに52階へ。扉が開くと、目の前に燦然と輝く東京タワーの姿があった。でも、さすがに高さが売りの東京新名所、東京タワーが足元のさらに下に見えている。…(略)…。
食事のあと、六本木交差点付近の繁華街に繰り出した。街の様子にビックリ! 一帯に屯(たむろ)し、また行き交う人々の80%が外人である。白人、黒人、そして韓国・中国・フィリピンなどアジア系の人たちで溢れ返り、とあるレストランに入ってみると、客は全て外人。飛び交う言葉は異国語であって、ここは外国だ!
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● 常識を持って生きるということ 【教育 7.27のつづき】 (7.30)
また、常識をもって生きるというのは、その社会で生きるものとしての共通理解を身につけているということであろう。豊富な知識を持っているとか、雑学に詳しいといったこととはもちろん違う。日常の出来事に対して、普通誰もがそう考えるであろうという考え方や判断ができるということである。
断っておきたいことは、日本的「ムラ」社会における人と争わないということとは違う。安易な妥協を排して主張すべきはきちんと主張し、百万人と雖(いえど)も我行かんの気概を持って、正論を貫くことが求められる。長い物には巻かれ、臭い物に蓋をして、泣く子と地頭には勝てないと素知らぬ顔を決め込むのは、卑怯者である。いたずらに争えとは言わないが、常識があるとは、正しいことは正しいとして行う姿勢を持っていることが必要である。
教育は、この共通理解を子供たちに教えることが使命であろう。(以下、本文へ)
【政治67】民主党と自由党の合併 −政権交代の切り札となれるか− (7.28)
民主党と自由党が、この秋を目標に合併する方向で協議に入ったという。政策遂行能力を持つ健全な野党が育つことは、日本の政治の健全化にとって望ましいことである。
(以下、本文へ)
● 個性を伸ばす教育とは 共通理解を基盤とした各々の自我を覚醒させること (7.27) 【教育 7.25のつづき】
ヒトが人として生きるということを一言で言うならば、他人を思いやり、常識をもって世の中を生きるということだろう。
…(略)…。『人はパンのみにして生きるにあらず(新約聖書マタイ伝)』、そうそうゴハンも食べなきゃね…と言って生きられればむしろ楽なのかもしれないが、人として生きるには、良い師に邂逅し、書に親しみ,友と語って、自我に覚醒することが必要である。近年、教育現場に流行する個性の尊重とは、子どもたち各々の自我を目覚めさせることであって、自分の好きなことを勝手にさせることではない。
常識をもって生きるというのは、その社会で生きるものとしての共通理解を身につけているということだ。
【16】日本の教育力を取り戻すために −12歳少年の幼児殺害事件から− (7.25)
…(略)…。事は確かに重大であるが、統計から見れば長崎や神戸の事件が特に異常ということではない。
それらの重大事件よりも気になるのは、少年少女の日常に危険信号が加速度的に点ってきていることである。その意味から、むしろ渋谷の小6の4少女監禁事件のほうが、その背景に果てしない闇を抱えていて気味が悪い。(以下、本文へ)
