草笛活動のコーナー
◎幼.小.中.高.大学〜社会人を通じての草笛太郎の様子。
◎突如、草笛活動を展開することになった世界史的なある出来事とテレビで映し出された光景を見てのショック。
◎草笛太郎の名前誕生のこと。当時の高校生諸君が命名とその意味。
◎草笛活動した当時の砕いてきな事実と活動記録より。
( 1991年の湾岸戦争から2001年までの草笛演奏活動の具体例 )
◎ 草笛太郎の生い立ちと草笛演奏活動の初期の頃までの様子。
広々とした田園風景の安濃平野。西に聳える"安濃富士"と自称する経が峰。その経が峰がデーんと勇姿を見せ、左に布引山系の風車が沢山見える笠取山が南にまるで布がたなびく様に見えてその左には321メートルながら近くに大きくテレビ中継地のある長谷山がまるで経が峰と長谷山に挟まれたように遠近感や配列が美しく今まであらゆる所から眺めてきたが遠近感.配列.大小の取り合わせからも不思議にも思うほど最も形も良く見えて眺めも雄大で一番綺麗で良く眺められる場所が草笛太郎の住んでいる家だ。昔から毎日として同じではなく絶えず変化して飽きる事のない360°の広大な眺めに心が大きくなって 様々な夢を抱きつつ 勇気付けられ 励まされて 今日の草笛太郎を育ててくれた。殊に、二階の窓から毎日、眺める風景は将に生きた天然の綺麗で勇壮な風景画。これを眺められる事はありがたいことだ。
布引山系や長谷山が 近からず遠からず 本当に調和良く眺められるありがたい草笛太郎邸。常に千変万化する山並みを眺められ、一日たりとも同じ光景でなく常に変化する生きた姿を年がら年中、見ることが出来て随分、 勇気付けられ 自然や動物の活気ある有り難い自然環境の中で育ってきている。男兄弟のない寂しさを察し、父親が4歳の時買って手解きしてくれたハーモニカや尺八。そのハーモニカを宝のように大切に、毎日のように吹いていて裏側の台所のオクドさんの芝小屋の窓を半分あけて良くハーモニカを吹いていた。又、古い大きな昔からの家に大量にあった昔の流行歌や軍歌や浪花節や小唄等のレコードを片っ端からじっくり蓄音機で聴いて楽しむ。自然の美しさ.有難さや厳しさ.馬.牛.鶏.アヒル.軍鶏.トーテンコウ.ウサギ.山羊.廿日鼠.犬.猫.泥鰌や鯰や蟹や様々な自分で捕まえた魚や鳩やジュウシマツ等の動物や昆虫類の可愛さや逞しさを身近に感じつつ世話する中で生滅流転への様々な想いと家の中での空虚感などが絡み合って様々な微妙な感情や感性がハーモニカを母体にあらゆる物まで楽器のようにして自己を慰め、励まし、鳥や動物達あるいは心に感じる友や人々に様々な想いを抱いて音曲で発信し表現していた。その中の一つが草笛でもあった。ホホをかすめる風さえも心情を微妙に換えて音曲に生かせた。身辺の植物動物の生成変化消滅。心の喜びや孤独。本質を見極めた正義感と社会環境改善への願いそしていつも抱いていた夢や希望。かなり繊細だった幼い頃からの夢と希望は 複雑で殺伐とした家の環境の中で 余計に大きく膨れていった。信念と喜びで選んだ教育への幼い頃からの夢や思い。児童.生徒として学ぶ立場からやがて親となり PTA会長としての親の立場と同時に 教師として教える立場を 年を重ねて体験する中、それぞれの世相.時代に 様々な想いと共に 長年追い求めてきた" 人間のあるべき本質的な姿" " 素朴で 飽きの来ない心優しい人間性 "を 只管、追い求め やがては " あるべき教育の理想の姿 "と 現実の狭間で " どうしょうもないすっきりしない歯がゆさ "の 挫折絶望を踏み越え、絶えず前向きな生き方から 発展拡大して 今生のあらゆる分野における見せ掛けでない" 本物 "の溢れる世の中、より良い" 本物の発展 "を、絶えず " 庶民の心 "と " 苦労人の心情 "を 片時も忘れない心で 渇望し 求め続ける。その為には 満身の力を込めて、生活と密着してきた植物との共演の" 草笛 "を 表現手段として 世に警鐘を打ち鳴らしたい。本当に心底からの 気持ちよい笑顔の溢れる世の中を渇望し続ける熱い思いが 今日の草笛太郎の草笛が醸成された と過去を踏まえて自分を見詰めている。
読売新聞全国版より
{ 幼少時代 }