今日まで、そして明日から
夕暮れの街、一人で歩いた。
子どもを捜して、一人歩いた。
どこをほっつき歩いているんだろう?
宿題忘れて、お手伝い忘れて。
どこをほっつき歩いているんだろう。
あの子のように。
今は大人になってしまった弟のように。
夕暮れの坂道は暗くて遠くて
あの頃を思い出す。
叔父さんが殺され、私と弟と二人だけになってしまったあの頃の夜道を。
気味の悪い化け物に怯えるしかなかったあの頃を。
夕暮れの街、一人歩いた。
子どもを捜して一人歩いた。
たどり着いたのはすすきの生い茂る野原。
昔遊んだ野原
私たちを守ってくれたかっこ悪くて不器用で優しい戦士の眠る野原
ビル立ち並ぶこの街でそのまま残された奇跡の野原
冷たい風が私の髪をくすぐった。
ああ、私のこと覚えているのね。モグラさん
向かい風がいやに冷たい
モグラさんの仕業?
怒っているのね。ごめんなさい
あなたのことを忘れたわけではなかったのよ
日々の生活に追われているうちに足が遠のいてしまったの
悪いなと思いながらも
ごめんなさいね
野山を分け入り、私は子どもを捜した。
大介?
どこにいるの?
お昼ごはんも食べないで
宿題はどうしたの?
お掃除サボって遊んでばかり
うちに帰ったらお説教よ
いた。
ズボンを泥だらけにして
シャツに葉っぱをくっつけて
大介はいた。
大介。ご飯よ!
いつまで遊んでいるの
私の言葉に振り向く大介のそばに
「お母さん」と手を振るあの子のそばに
あの人がいた。
うちの子と同じ名前のあの人が
長い髪をなびかせて
泥だらけで駆け回っているあの人が
ずっと昔に私がプレゼントした
斑模様の上着を着たあの人が
「アマゾン!!!」
私は叫んでいた
長い間どうしていたのよ
どうしてあなたは変わらないの
その仕草も
その背丈も
その笑顔も
年をとらず
あの頃のままで
子どもの心のままで
どうしてあなたは変わらないの
私はあなたがいなくなってから二十年・・・・
すっかり変わってしまったわ
髪も切ったの。
長い髪は家事をするときにうっとおしいから
大きな声じゃいえないけれどあの頃と十キロも違うのよ
お化粧も手抜きしているわ
あの頃はたくさん着飾っていたのに
すっかりおばさんになっちゃったの
結婚したのよ
旦那さんはあなたによく似ているわ
だから結婚したのかもしれない
あなたは結局振り向いてくれなかったけれど
あなたに私の思いは届かなかったけれど
私の旦那さんは思いを受け止めてくれたの
子どももいるのよ。
名前はあなたと同じ名前。
ほら、少しマサヒコに似ているでしょ
岡村の血が強いのね
そうそうマサヒコはどうしていると思う?
日本語学校の先生をしているのよ
あなたに日本語を教えてから天職を見つけたみたいね
あなたのおかげよ
ねえ。話したいことがいっぱいあるわ
なのに・・・・
「アマゾン、久しぶりね。私よ。りつ子よ」
それなのに私はこの一言しかいえなかった。
心の中がいっぱいでそれだけしかいえなかった。
アマゾンは瞳を輝かせ、言った。
「りつこ!!!」と。
覚えていたのね。
よかった。
そう思うとともに胸がちりりと痛んだ。
夕焼けに染まり、無邪気に微笑む目の前のアマゾンにまた恋していることに。
年甲斐もなく恋しようとしている自分に
アマゾンは私の心を知らず微笑んでいった。
「りつ子・・・・、変わった」
ちょっとショックだった。
自分でもわかっている。
私が変わってしまったことは
時の流れって残酷ね
前は若くて夢を食べて生きていたのに
今は小さくまとまって
ささやかな暮らしの中にいる
あなたを追えばこうならなかったのかしら
あなたを思い続けて世界を回ることが出来たかもしれないのに
あなたの育った地の遺跡を巡っていたのかもしれないのに
今の私は子持ちのおばさん
苗字も変わったわ
堀田りつ子
それが私の名前
あなたと違ってちっぽけな世界で生きるただのおばさん
アマゾンはすっかり沈む私に微笑んだ。
「ナゼ、りつ子。悲しい顔スル?りつ子、幸せそう。優しい、顔、シテル」
私の戸惑いをよそにアマゾンは言った。
「ズット前、りつ子、怖かった。冷たい顔シテタ。俺がいたせいでゲドンに怯エテ怖い顔シテタ。りつ子、今・・・・。やさしい顔シテル。りつ子、幸せの中にイル」
あなたにはそう見えるの?
私が?
私はあなたと違ってずっと若いままでいられないのに
あなたのようにどこまでもいけるしなやかで伸びやかな手足を持ってないのに?
「幸せの中にイル人、皆やさしい顔スル。俺、世界でいろんな人ミテキタ。ソレニ・・・・」
それに?
「今日、りつ子のコドモとズット遊べた。楽シカッタ。大介、トモダチ。りつ子のおかげ。トモダチ増えた。アマゾンウレシイ」
そうか。
大介。あんたアマゾンとトモダチになったのね。
よかった。そしてうれしかったわ。
それに悪くないわね。
あなたとトモダチである私。その子供があなたとトモダチになる。
悪くないわね。素敵なことね。
私はあなたとともに歩めなかったけれども
あなたとトモダチのままでいられる
思い出話をこの野原で語ることが出来る。
悪くないわね。そういうのも。
「アマゾン!!!」
大介がアマゾンに抱きついてきた。
アマゾンは楽しそうに大介を高い高いしている。
その姿を見て私は日々の生活を思い出した。
帰ろう。
迷いはない。
私はあなたの無事を心の片隅で祈り、日常を送ろう。
そう、私が思った途端、強い風が吹いた。
アマゾンは遠くを見ていた。
その瞳はどこかさびしそうだった。
「仲間ガ呼ンデイル、行カナケレバナラナイ」
アマゾンはそう呟いた。
ああ、あなたは・・・・。
ずっと戦っていたのね。
皆を守るために。
ずっとずっと
いってらっしゃい。
そしていつか戻ってくるときは
あなたはずっと変わらないまま
私は今よりも年をとっているでしょうけれど
トモダチのままよ
それは変わらないわよね?
「トモダチ」
私はトモダチのサインをした。
アマゾンも返してくれた。
この瞬間、私の初恋は淡く儚い泡になった。
迷いはない。
私は日常を生きよう。
淡々と続く終わりのない日々を。
アマゾンは去っていった。
大介の頭を一撫でして。
風の中へ去っていった。
アマゾンが去っていった野原の向こう側に十の人影が小さく見えた気がした。
気のせいかな?
気のせいかしらね。
辺りはすっかり暗くなっていた。
もう帰らなきゃ。
夕飯は出来ているけれどお風呂を沸かさなきゃ。
私、大介のことを叱れないわね。
「おーい。りつ子。なにこんなとこで突っ立ってるんだ?」
振り返るとそこには貫介さんがいた。
私の旦那様。
「お父さん」
うれしそうに大介が駆け寄る。
さっき、アマゾンに駆け寄ったときのように
「何やってんだよ。二人して。なー、大介。どうしょうもないお母さんだよな」
「うん、どうしょうもないお母さんだ」
大介が貫介さんの言葉に同調する。
・・・二人とも。覚えてなさいよ
夕闇の街、三人で歩いた。
親子三人でてくてく歩いた。
しんみりと歩いた。
私はふと歌を口ずさむ。
若い頃に流行った歌を。
吉田拓郎の「今日までそして明日から」を
私は今日まで生きてきました
時には誰かの力を借りて
時には誰かにしがみついて
私は今日まで生きてみました
そして私は思ってみます
明日もこうして生きていくだろうと
何気に口ずさんだその歌に貫介さんが笑った。
「りつ子。おまえ、おばさんになったな」と。
あなたもね。少しおなかが出てきたわよ。
悪態つきながら貫介さんも同じ歌を口ずさんだ。
大介は歌を知らない。
でも、楽しげに歌に合わせてつないだ手を振り回していた。
夕闇の町を私たちは歩く。
てくてくてくてく楽しげに歩く。
坂を登ったら。あの長い坂を登ったら。
家に帰ってご飯を食べよう。
今日はカレーライス。
もう出来ているからあとは温めるだけでいいわ。
それなりにもらっているくせに金がないとぴーぴー言ってるマサヒコに電話してご馳走しようかしら。
思い出話をあの子にしてあげたいから。
今日の出来事をあの子に教えてあげたいから
そう思って私はつないだ手を強く握った。
貫介さんはまだ歌っている。
私もつられて歌った。