MIKEYさんから頂いた小説です。


はるかな風が教えてくれた




「行ってきます」
僕は、パンを頬張りながら姉に言った。
急がないと遅刻確定。
ったく、姉貴も早く起こしてくれればいいのに。
「今なんて言ったの。聞こえたわよ、マサヒコ」
・・・ばれたか。
姉貴は大きなおなかをおさえつつ、僕を叱る。
ついこの間まではうるさい姉貴だった。しかし、今はそれに母親気取りがついてくる。
赤ん坊はまだおなかの中なのに、子を持つと女というものは変わるもんだ。
たとえ、それが目の前でキンキン声で怒鳴っている姉貴であっても。
「・・・堀田さんはまだ起こさなくていいの?」
僕は話をそらすためにこう問い掛けた。
「マサヒコ、お義兄さんでしょ。まったく、いつも堀田さんって呼ぶんだから。・・・貫介さんも。そろそろ起きて」
姉貴は僕をしかり、その後急いで堀田さん・・・もとい、義兄さんを起こす。
それが姉貴の日常。
そして、それを聞き、急いで学校へ向かうのが僕こと岡村マサヒコ、十八歳の日常。
階段からキシキシと音がした。
やっと義兄がおきてきたらしい。
「マサヒコくん・・・。早いなあ・・・」
義兄さんはパジャマ姿で眠そうにくしゃくしゃの頭を掻きつつ僕に言う。
「貫介さんが遅いだけです。まったくだらしないんだから。マサヒコも!遅刻しても知らないわよ」
「へいへい。義兄さんはねえちゃんに弱いもんな」
僕は義兄さんと姉貴をからかうことにした。
新婚じゃあるまいし。ヒューヒュー、熱い熱い。
義兄さんは目を細め、笑い皺を作って困ったような笑みを浮かべた。
姉貴もうれしそうに微笑んでいる。
ふっくらとした笑顔で。

ふと、何かを思い出しかけたような気がした。
めまぐるしく変わっていく日々の中で埋もれていった思い出。
なんなのだろう。
義兄さんの笑顔、からかう僕、ふっくらと微笑む姉貴。
デジャヴなのかな?
「なに、ぼけーっとしているのよ。早く行きなさい」
姉貴のせかす声と時計が示す時刻で僕は慌てて家を出た。
・・・・ったく。どうして僕の家は急な坂の上なのだろう。
通学には不便だし、帰りはその坂を登らなきゃならないからしんどい。
死んだおじさんの家をそのまま姉貴が相続して僕はそこに居候している身なのだから文句は言えないが。
ひたすら下り坂を走る僕の耳に不思議な音が聞こえた。
草笛?
空耳かな?気のせいかな?
しかしそれはかすかながら風に乗って聞こえてくる。
僕は立ち止まり、耳を済ませた。
間違いない。
それは子どものころに草笛の音色だった。
ああ、いつも鳴らしていたっけ。
教えてもらったっけ。
のどかで、でもどこかさびしげなこの音色を。

 ・・・・・・・アマゾン!!!

 
僕は風が運ぶ草笛の音色を頼りに歩いた。
ひたすらに、歩いた。
坂の下にある学校のチャイムが鳴った気がするが、どうでもよかった。
会いたかったよ。
寂しかったよ。
ずっとずっと君のことを思っていたよ。
大切なトモダチだったから。
僕よりもずっと年上の真っ白な心を持ったトモダチ。
戦い終わって、僕の前からいなくなったときどんなにさびしかったか・・・。
悲しかったか・・・。僕のことを嫌いになったと思っていたよ。
少しだけれど、恨んだよ。
ねえちゃんも泣いてた。
僕はガキの癖にませてたからさ。知ってたよ。
姉ちゃんがアマゾンに恋してたこと。 
アマゾンが去ってからしばらく泣きはらしたこと。
・・・・だから。ねえちゃんは義兄さんに恋した。
無意識に恋した。
アマゾン。君とよく似ている義兄さんを。
笑ったとき、目じりに笑い皺を刻む義兄さんを。 
アマゾン、本当に君と似ているよ。
あの時、僕の見舞いに来たときの困ったように笑う君と。
君が去ってからさびしくてさびしくて、その寂しさから抜け出すために僕とねえちゃんは君の事を忘れようとした。
でも忘れられなかった。
ごめんね。
やっと思い出したよ。
十年の歳月を超えて。

アマゾン・・・。
君なんだろ?
アマゾン・・・・。
しかし、返事はなく、風が運ぶ草笛の音色だけが僕の耳に聞こえた。





はるかな風が教えてくれた(第二話)



「おじさん!!!アマゾンは帰ってきてるんだろ。教えてよ!!」
僕は立花モータースに上がりこむや否や、油にまみれ、バイクの整備をしている立花のおじさんに唾をかけんばかりにわめき散らした。
学校?こんな一大事に行く気になるか。さほりだ。さぼり。
おじさんはパイプをくゆらし、「お前、学校はどうした」と説教を垂れた。げんこつで僕の頭を思い切りどつきながら
おじさんはゆっくりとパイプを吸い、深い息を吐くと、「アマゾンか・・・」と、しみじみと呟いた。
「おじさん?な・・なんだよ。感傷的になっちゃってさ・・・」
僕は戸惑った。
だって、立花のおじさんはいつも元気でこっちがげんなりするくらい力が有り余ってさ・・・。
そう、あのころだって・・・。
自分でオートバイレースに参加したり、アマゾンをレーサーにしようと躍起になってさ。
僕が何度も無理だって言っているのに言い出したら聞かなかったじゃないか・・・。

「・・・・本郷猛、一文字隼人・・・、風見志郎・・・・、結城丈二・・・、神敬介・・・,アマゾン・・・、城茂・・・」
おじさんはため息をついた。

「あいつらをレーサーにするのが俺の夢だった・・・」
僕はなんとなく気まずくなって店内に置かれた机の上に並べられている写真立てを見た。
それらには七人の男達の写真が入っていた。
おじさんがここに来るたびに懐かしそうに語る伝説の七人の戦士。
彼らはおじさんにとって七人の「子ども達」でもある。
写真たちの彼らは凛々しくも穏やかに微笑んでいた。
彫りの深い顔に達観したかように静かな笑みを浮かべる本郷猛。
きざったらしく、ウィンクしつつも愛嬌のある笑みを浮かべる一文字隼人。
冷めた瞳でどこか寂しげに微笑む風見志郎。
意志の強そうな口元を真一文字で結び、緊張気味に微笑む結城丈二。
大きな瞳を優しげに細め、柔和に微笑む神敬介。
口の端をゆがめ不敵な笑みを浮かべる城茂。
僕は彼らに会ったことはないけれど、話は嫌ってほど聞いた。
彼らは大きな運命を背負い、悪と戦った。
世界のために、みんなのために、僕たちのために・・・・。
おじさんは彼らが日本を去ったあとでもここに来る人に語り継いでいる。
自分の夢を捨ててまで。
彼らの伝説が流れ行く時と共に風化しないように。

「まったく・・・。どいつもこいつもいなくなっちまった。手紙1枚よこせばいいのに。便りがないのは元気な証拠だけどもよ・・・」
おじさんはポツリと呟いた。
それは遠く離れた場所にいるであろう七人の子ども達への伝言のようだった。

背中丸めて、バイクをいじるおじさんがやけに小さく感じた。
僕の背が伸びたのもあるかもしれない。
おじさんが年を取ったせいもあるかもしれない。
でもそれはたまらなく僕を悲しくさせた。
白いものが増えている頭、刻まれた皺、おじさんはだんだん年を取っていく。
そしてぼくも・・・・。

こめかみが痛くなり、鼻の奥がつんとした。
僕は泣きたいのをこらえ、アマゾンの写真を手にとった。
色あせた、十年前の写真。
正月にアマゾンがよく寝転がる原っぱで写真をとったっけ。
最初で最後の記念撮影。
写真の中で僕、姉貴、おじさん、アマゾン、そしてモグラが笑っていた。
幼かったぼくはVサインを作ってふざけていて、姉貴は着慣れない晴れ着を着てめかしこんで、おじさんは昔のブロマイド写真のように気取ったポーズをとって、
アマゾンは目じりに笑皺を刻ませて微笑み、モグラは僕たちに囲まれ、頭を穴ぐらからぴょこんとのぞかせて笑っていた。
二度と撮ることの出来ない写真。
僕は大きくなり、おじさんは老いていき、モグラはガランダーの獣人の毒にやられ、死に、姉貴は結婚し、平凡な生活を得、アマゾンは・・・・・行方知れず。
昔はよかったなんてまだ世間を知らない僕がいう言葉じゃないけれど、あのころに帰りたかった。
アマゾンがいつもそばにいたあの頃に。


いつのまにか目頭が熱くなっていた。
しかし・・・。
「おまえな、感傷的になるにはまだ早いんだよ。世間知らずの甘ちゃんが」
僕の言葉へのお返しか、おじさんはしゅっとこぶしを振って僕に言った。
おじさんの憎まれ口は健在だ。
やっぱりこうでなくっちゃね。

僕が安堵した途端、外から物凄い轟音が響いた。
「なっなんだよ・・・。おじさん・・・。これ、なんだよ?」

おじさんは作業の手を休め、外をのぞくと苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちし、吐き捨てるように言った。
「また、始まったか・・・。ったく、例の都市開発って奴か?」
僕も外をのぞいた。
坂の下にあった小さな森。
そこでは大きなブルドーザー、ダンプが、緑の野を掘り上げ、木をなぎ倒している。
都市開発の名のもとに。
そこは僕たちのお気に入りの場所だった。
アマゾンのお気に入りの場所でもあった。








はるかな風が教えてくれた(第三話)


僕たちはやりきれない気持ちで開発の名のもとに、死んでいく草木や花々を眺めていた。
見渡すと坂の下にある街は十年の間にすっかり変わっていた。
今まで気づかなかったけれども。
コスモスの咲き乱れていた花畑があったところには家が立ち並び、ヒロミくんやトモヒロたちと日が暮れるまで遊んだ空き地はすでになく、高層ビルが建っていた。
今では記憶にしか残されていない思い出の場所達・・・。
アマゾンは・・・。
こうなることがわかって日本を去っていったのかもしれない。
そんな気がした。
草が生い茂り、花が咲き乱れる場所や鳥のさえずる声が好きだったから。
そしてそこで僕達と遊ぶことが大好きだったから。
そんなお気に入りの場所が死にゆくのを見たくなかったから日本を去ったのかもしれない。

「おじさん・・・・」
「ん・・・・?」
「やりきれないよね・・・・」
「時代の流れとはいってもな・・・・」
すっかり寒々とした僕たちの心を秋の風が吹き抜けていった。
「おお、せっかくきてくれたというのに茶の一つも出さなかったな。さあ、中に入るか」
おじさんは言った。気持ちの切り替えということですな。
僕は何も言わずに中に入り、ため息つきつつおじさんが淹れてくれた茶を飲んだ。
お茶はぬるく、そして苦かった。

「・・・・確か、このあたりだったけれどな」
おじさんと他愛のない世間話をした後、僕は立花モータースを後にし、坂の下の町をぶらついた。
日々の生活に追われ、今まで気にも止めなかったがすっかり変わってしまった。
殺伐とした町並みになっていた。
緑がだんだん消えていっている。
僕はある場所が気になっていた。
もう一人のトモダチ、モグラの眠る場所。
モグラが生きていたころはそこは僕たちの遊び場の一つだった原っぱ。
アマゾンが昼寝をし、おじさんが腰をおろしてパイプをくゆらし、モグラが僕をからかい、日暮れ時には姉貴が僕に「ごはんよー」と声をかけた。
モグラが死んだとき、僕は激しく泣きじゃくりながらそこにモグラを埋葬した。
モグラがゆっくりと眠れるようにとあいつのお気に入りだったあの場所へ。

そこも死んでしまったのだろうか?
ダンプやブルドーザーに潰されて。
土の中で眠っているモグラとともに。
嫌だよ・・・・そんなこと。
おい、もしそうなっていたら許さないからな。
誰であろうと。
モグラをあのまま眠らせてやれよ。
なあ・・・。
僕はやみくもに町中を歩き回った。
記憶を頼りに、モグラの眠る原っぱを探して。

あった・・・・・・。
窮屈そうにひしめき合う建物だらけの町の中でそこは聖地のようだった。
あのころと同じようにすすきが風に揺れ、コスモスがかわいらしく咲いていた。
モグラ。
お前が守ってくれたんだね。
この場所を。
きっとそうにちがいない。
僕は心に温かなお湯が湧いたような心地よい気分になった。
無我夢中で僕はすすきの生い茂る原っぱを駆け抜けた。
十年前の心に帰って。

すすき野原の中、ひっそりとモグラの墓があった。
長年の間風にあおられたせいか墓石が少し削れていた。
墓石には、少し削れてしまって読みにくかったが「勇気の士 モグラ獣人の墓」と書いてある。
おじさんが涙をこらえ、背中丸めてこの墓碑銘を削ったっけ。
モグラ、おまえは勇気の士だよ。
死んでもなお、この場所を一生懸命守ったのだから。
僕はしゃがみこみ、モグラの墓に手を合わせた・・・。
「・・・・・・!」
墓の横に白い小さな花が添えられているのに気づいた。
誰が?
誰がこの花を?
・・・君なのか?アマゾン・・・・。
それに応えるかのように草笛が風に乗って聞こえた。
それは緩やかでそしてどこか悲しい、モグラの魂を安らげるようなそんな音色だった。
僕は草笛の響く方角に向かって走った。
やっぱり帰ってきたんだ。
探したよ。
君なんだろ?
会いたかったよ。
ずっと会いたかったよ。

生い茂るすすきの間から人影がちらりとのぞいた。

「アマゾン!!!!」
僕は叫んだ。
声がかれるくらいに叫んだ。
十年分の寂しさをこめて。







はるかな風が教えてくれた(最終話)



生い茂るすすき野原の中、アマゾンはゆったりと草笛を吹いていた。
アマゾンは十年前と変わらないままだった。
長い髪も姉貴が作った上着と腰布だけの姿も、少し猫背なところも。
秋の風がライオンの鬣のようなアマゾンの長い髪を揺らしていた。
アマゾンが穏やかな表情で草笛を吹くと草や花がそれに合わせて踊るかのように揺れていた。

僕は無我夢中でかけていった。
八歳のころの心に帰ったかのように。

山ほどある伝えたいことを抱えて。
アマゾンは目を見開いた。
そしてわずかな間を置き、こう問い掛けた。
「・・・・・・マサヒコ?・・・・・マサヒコ!!!」
そして、微笑んだ。
十年前と変わらぬ笑顔で。

僕はアマゾンにしがみつき、泣いた。
もし子どものころにアマゾンに再会していたら真っ先にしていただろうと思ったことそのままに。
滑稽だよな。
十八の男が声を上げて野生児みたいな身なりの男に泣きついているなんて。
滑稽だよな。
でも泣いた。大声で。
「なんでだよ・・・。俺、さがしたんだぜ。待ってたんだぜ。みんな・・・・」
「マサヒコ・・・」
「おじさん、寂しがってたぜ。手紙1枚よこせって怒ってたぜ」
「・・・・・・」
「なんで、帰ってこなかったんだよ。俺・・・・」
 
アマゾンは黙って静かに微笑み、僕の頭をなでた。
ああ、十年前と一緒だ。
僕が泣いていたら、君はそうやって頭をなでたね。
「マサヒコ、ナクノカナシイ、オレモカナシイ」
と、たどたどしい言葉で慰めてくれたね。

しかし、アマゾンは黙っていた。
僕はアマゾンの顔を見た。
アマゾンは微笑んでいたけれど瞳はあのときの、闘いが終わり、南米へ帰る時に見せた悲しげな瞳だった。
「アマゾン・・・・・」
「マサヒコ、ゴメン・・・・」
僕の頭をなでる温かな大きな手からアマゾンの心の痛みが伝わってきた。
ここにたたずんで草笛を吹いていたアマゾンがどんな気持ちか・・・・。
アマゾンはその温かな手を血まみれにして世界の果てで戦ってきたんだね。
ずっと、仲間達とともに。
戦い終わって帰ってきた時には君の好きだった場所や生き物達はは次々に死んでいった。
君が守ってきた人間によって。
森も川も、花や木も草も、季節ごとに歌う鳥達も色とりどりの羽をひらめかせて舞う虫たちも。
どれほど悲しかったろう。どれほど悔しかったろう。
ぬくもりととくとくと流れる体の中の血を通してアマゾンの悲しみが僕に伝わっていった。
すごく恥ずかしくなった。情けなくなった。
文明に染まり、自然を破壊していく人間の一人として。僕が破壊したわけではないのだけれど。
そして、アマゾンは呟いた・・・。
「マサヒコ、変わった・・・」
僕は愕然とした。

アマゾンは昔のまま、変わらない。
老いることのない体。
改造されて得た老いることのない体。
戦士として戦うこと引き換えに得た老いることのない体。
命が尽きるまでアマゾンは老いることがないのだろう。
でも僕は十年の間に変わってしまった。
背が伸び、声が変わり、小さいころよく女の子みたいとからかわれていた僕の白かった頬には、うっすらとひげが生え、毎朝それを剃っている。
勉強に追われ、遊ぶことを忘れ、ああ、一度ガールフレンドができたっけ。そう、中学のころだった。
おませでかわいくて、子どものころにアマゾンに恋していたヒロミくん。クラスが一緒になってから付き合ったっけ。
・・・すぐに別れたけどね。
姉貴もおじさんも変わってしまった。
おじさんの頭には白いものが目立ち、顔には皺が増えていった。
姉貴も大学に入って恋をし、義兄さんと結婚した。子どもも生まれる。

時が流れ、僕達は変わっていく、年を重ね、老い、死んでいく。
きみはずっと十年前のままなのだろうけれど。

僕は激しく嗚咽した。
こういうことは言うべきことじゃないけれど。
あのころに戻れたならどんなによかったのだろう。
あのころの僕に帰ってアマゾンに甘えることが出来たらどんなにいいのだろう。
でも、それはかなうことはない。



アマゾンは言った。
「トモダチ」と。
僕とアマゾンの二人のサイン、トモダチのサインをして。
涙が止まった。
「マサヒコが変わっても、オレとマサヒコはトモダチ。ずっとトモダチ。だからマサヒコが泣くとオレ、カナシイ」
穏やかなたどたどしい言葉。
僕を慰めてくれる優しい言葉。

僕はほっとして泣いた。
かっこ悪いよな。いい年して泣いてばかりで。
かっこ悪いよな。
アマゾンの言葉は僕の心を温かくした。
まるで冷え切った部屋で飲むココアが体に染みとおるように。
僕は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げて笑った。
そうだよな。僕とアマゾンはトモダチ。
そう、ずっとトモダチだ。
僕が年をとっても。
僕は君を忘れない、ずっとトモダチだよ。

その時、強い風が吹き抜けていった。
砂埃が僕の眼に入った。
僕は慌てて顔を多い、砂の入った目をこすりながらと開けた。
アマゾンの姿はいつのまにか消えていた。
気配さえもなかった。
僕はアマゾンの名を呼んだ。
何度も呼んだ。
しかし、風がそよぐだけで返事はなかった。
これは幻だったのだろうか?
白昼夢だったのだろうか?
しかし、モグラの墓の横には白い花が添えられ、僕の頭にはアマゾンの手の感触がかすかに残っていた。
夢じゃなかったんだね・・・。アマゾン・・・。
白い花は夕日に照らされ、仄かに輝いていた。



「マサヒコ、あんた・・・。学校サボったでしょ。立花さんから電話があったわよ」
日が暮れ、家に帰ると僕は玄関で仁王立ちで待ち構えていた姉貴に思い切り耳を引っ張られた。
ああ、あのおせっかい。
僕は立花さんに口止めすることを忘れていたのを後悔し、わざわざ姉貴にご連絡してくださった立花のおじさんを激しく恨んだ。
なんだよ、二人で感傷に浸りあったのにさ。サボリくらい大目に見ろよ。くそっ!!
「立花さんは来てくれた事喜んでたけれど、立花さんに会うのは日曜日とか他の休みの日にも出来ることでしょ。あんた、学生でしょ」
へいへい、ごもっともですお姉さま。
・・・・・あれ?
おじさん、姉貴にはアマゾンのこと、話してなかったのかよ。
僕はちょっとおじさんに感謝した。
姉貴は知らない方がいいかもしれない。
僕がアマゾンに会った事を。
姉貴がまだ乙女(苦笑)だったころ、ひそかに恋した男に会ったことを。
「まったく、こんななさけないおじさんを持っちゃ将来が思いやられるわ。ねえ、大介」
姉貴はあかんぼうのつまった腹をなでながら言った。
は・・・・・?
今、姉貴。なんて言った?
「大介って言ったわよ。今おなかの中にいるあんたの甥っ子のことよ」
大介って・・・。
ずっと前高坂のおじさんが言っていたよな。
アルバムを見せながら。
南米のジャングルで死んだおじさんの友達。
そしてたった一人生き残ったその息子の名前。
山本大介。
それがアマゾンの本当の名前だ。

姉貴・・・・。
姉貴も感傷に浸っているのかい?
自分が恋した男の名をつけるなんてさ・・・。
義兄さんは知っているのかい?
僕はやりきれない気持ちになった。

「ただいま」
ああ、噂をすればなんとやら。義兄さんが帰ってきた。
義兄さんは何も知らずにニコニコしている。
義兄さんは言った。
「もうすぐ、大介の顔が見られるなあ」と。
・・・・・姉貴。ああ、僕の考えは杞憂だったのか。
義兄さんはアマゾンによく似た笑顔をしていった。
「りつ子から聞いたよ。君の友達、そして・・・りつ子の初恋の相手だったアマゾン・・・山本さんの話を。妬けるよなあ。でも、大介には君の友達のように強くて優しい子になってもらいたいよな・・・。まあ、初恋の相手の名というのはちょっとしゃくだけれど」
「貫介さん!!!」
姉貴は真っ赤になってこぶしを義兄さんに振りたてた。
「でも、ほんとうに・・・。もうすぐ大介の顔が見られるのね。マサヒコ!」
「なんだよ、もう」
「ほら、おなかさわって。大介と話でもしなさいよ」
「げっ、何が悲しくて姉貴のボテ腹触らなきゃならねえんだよ」
「いいから、あんたもうすぐ大介のおじさんになるんだからね」
僕は憮然とした気持ちで姉貴のボテ腹に触った。
「だいすけー、おじさんでちゅよー」
姉貴はまだ腹の中だというのに赤ちゃん言葉で大介に語りかけた。
僕はこっぱずかしくてそんなことできなかったが。
姉貴の腹は硬く、そして温かかった。
僕は目を閉じ、心で語りかけた。
おい、大介。
今日お前と同じ名前の友達に会ったぞ。
大切な友達なんだ。
強くて優しくて、お前のお父さんによく似た顔してて。
お前が大きくなったら教えてあげるよ。
僕の友達の伝説が語り継がれるように。

姉貴の腹がぐにゃりと動いた。
聞こえたかよ。僕の言葉。
なんだかすこしうれしくなって、切なくなって僕はぎゅっと強くまぶたを閉じた。

頭の中をとても幸せな想像がよぎった。
アマゾンと出会ったころの僕と同じくらいの大介がアマゾンと一緒に原っぱを駆けているそんな想像だった。

僕は姉貴の腹をなでた。
大介はうれしそうに姉貴の腹の中で動いていた。



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