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 宗旨 曹洞宗(禅宗)
 山号 東光山
 寺名 神宮寺
 本尊 薬師瑠璃光如来
 開創 天平二年(西暦730年)
 開基 北畠 具教・多賀飛騨守正能
 

本堂

 

縁 起 ( 歴 史 )

 奈良時代 天平二年の春、聖武天皇の后 光明皇后の発願を僧 行基に託して

三重県嬉野町の山中に利勝山瑠璃光殿を建立、慈覚大師の

一刀三礼彫刻の三体の薬師如来像が本尊として安置されていました。

 室町時代に入って、多賀飛騨守が現在の嬉野町森本に真言密教の

醫王山神宮寺を建立し、三体の内の一体の薬師如来像を本尊として迎え

菩提寺としました。

 天正の勢乱(本能寺の変)の後、伊勢国司北畠家一門の滅亡と共に

神宮寺も廃絶しかけていましたが、江戸時代の天和三年(1683)四月に

浄眼寺(松阪市大阿坂町)の十二世 實仙耕心大和尚を迎え、

山号を東光山と改め、曹洞宗の寺院として再興されました。

 天明八年(1788)、七世 慧燈和尚の時、紀伊徳川家より寺領を許され、

現在の森本城址に移築されました。

 現在の本堂は大正六年(1917)に再建され、内部大間の天井は156枚の絵を

はめ込んだ珍しい絵天井の造りとなっています。

 

 当寺の本尊は、戦国時代の永禄十二年(1569年)八月二十七日に

織田信長は伊勢地方を攻略、その策のひとつとして神宮寺を焼き討ちしようと

試みたところが、信長の両眼が突然見えなくなり、公は深く懺悔して、

篤く本尊の薬師瑠璃光如来を礼拝、供養したことで両眼は快復し、

戦乱の兵火から免れた不思議な力を持った霊像と今に伝えられています。

 

 

 所在地

   住 所   三重県一志郡嬉野町森本750

   交 通   伊勢自動車道 一志嬉野インターチェンジより車で10分

       <<インターよりグリーンヒル嬉野G.C(旧チェリーレイクゴルフ場)

           方面へ向かってください。>>

          近鉄 伊勢中川駅よりタクシーで15分

 

 

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