タイム・ループ1999 著者:ぶるくな10番!
「このスピーカーなんかいいんじゃないか?」
「B&W、小さいなぁホントにこれでベースの音とかでるの?」
「でないよ」
「じゃあ意味無い」
「じゃこれは?トールボーイ。場所取らなくていいよ、低音もでる」
「JBL」
「ジャズといえばJBLだろ?」
「でもこんな形はなんか違うなぁ・・・。」
「注文の多いやつだ。」
「もっと真剣に探せよたとえば・・・・あれは・・?」
ホコリを被ったそのスピーカーは店の片隅にそっと置かれていた。
”タンノイVLZ” - 知らないはずの名前を知っている。僕は知っているあのスピーカーのことを。
「ん、タンノイか?やめとけよあんな骨董品は。それにジャズ向きじゃないしな」
「いや、なんか聴いてみたい形だ」
「店の人呼んで来てくれよ」
「なに?本気かぁ。合わないぞお前の趣味には」
「でも聴きたい」
「しょうがねぇな、待ってな。」
音を鳴らさずして音楽を聴かせるそのたたずまいは、まるで甘い魔法のように心を揺さぶった。
サランネットの右上には雷のようなマークをはさんで”TANNOY”とエンブレムが鈍く光っている。
大きさは幅40cm、高さ60cmくらいだろうか奥行きは30cmに満たない。
小さいのか大きいのか分からないけれど多分自分の部屋には大きいのだろう。
しかしもう何年も探しつづけていたスピーカーにやっと出会えたような懐かしさがあった。
「これはこれは、お待たせいたしました」
痩せギスの妙に調子のよさそうなオヤジが商売っ気満々の笑みを浮かべている。
後ろには友人が連れてきたぜと言わんばかりの目線をこちらに送っていた。
「あのぅ、このスピーカーを聴かせてください」
「ほぅ、VLZですか。見えないように死角に置いたのですが見つけられたのですねぇ」
やっぱりVLZだ。心の中でつぶやいたが口には出さなかった。
「これは売り物ではないんですか?」
「ほほ、売り物ですよ。それはもう立派な商品です、ハイ。」
黒ぶちの眼鏡を右手の中指で押し上げながら左手でサッとホコリを掃った。眼鏡の奥の小さな瞳孔には怪しげな笑みを浮かべている。
「それじゃ聴かせてください。ジャズには合いますか?」
「合いますよぉ。ジャズでもクラシックでもテクノでもヒップホップでもなんでも合っちゃいますねぇ、ほほ」
全く感情のこもっていない言葉を背中越しに投げかけながら、無数にからまったスピーカーケーブルの中からVLZに合いそうなものを探しているようだった。もともとセレクターには入力されていない。
「おい、あのオヤジおかしいぜ」
小さな声で友人がささやいた。
「まぁいいさ、スピーカーを買いに来たんだ。オヤジを買うわけじゃない。」
「アホか。当たり前だ、なんでオヤジを買うんだよ。」
「ささ、準備ができましたよ。それでは御試聴と参りましょうか。曲はコレ」
「タイム・ループ1999 ?」
「知らないなぁ」
ジャズ通の友人でも知らないらしい。
「自主制作モノでして。しかし中々イケますよ、これが。ほほほ」
血管の浮き出るような痩せた指先からCDをトレイに飲み込ませると、最初の一音が鳴った。
「このスピーカーなんかいいんじゃないか?」
「B&W、小さいなぁホントにこれでベースの音とかでるの?」
「でないよ」
「じゃあ意味無い」
「じゃこれは?トールボーイ。場所取らなくていいよ、低音もでる」
「JBL」
「ジャズといえばJBLだろ?」
「でもこんな形はなんか違うなぁ・・・。」
「注文の多いやつだ。」
「もっと真剣に探せよたとえば・・・・あれは・・?」
ホコリを被ったそのスピーカーは店の片隅にそっと置かれていた。
”タンノイVLZ” - 知らないはずの名前を知っている。僕は知っているあのスピーカーのことを。
タイム・ループ1999
<おわり>
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