【昭和当時の風情が残るレトロな鉱山鉄道】
※平成27年4月1日より乗車料金が変更となりました。
入鹿温泉と湯ノ口温泉をつないでいます。約1㎞のトンネルの中をくぐって走る10分間の小さな旅を昭和の風と共にお楽しみください。
<時刻表>
瀞流荘発 湯ノ口温泉発
8:50 9:30
9:55 10:55
11:15 12:35
13:00 14:10
14:30 15:40
16:00 17:10

<定員>
全7両 (1両あたり8名)
大人 子供
往復 540 270
片道 270 140
往復入浴券付き 860 430
※湯ノ口温泉入浴券付の団体割引適用は20名様以上からです。
  団体割引 お一人様 大人760円 小人380円

【坑道トンネルを走る「非日常感」にワクワク!ドキドキ!坑道探検!】


4/16 毎日放送の「ちちんぷいぷい」で紹介されました。→「ブログ」
11/7 東海テレビ「スイッチ」で紹介されました。→「ブログ」
<時刻表>
瀞流荘発 湯ノ口温泉発
8:35 9:20
9:40 10:45
11:00 12:25
12:45 14:00
14:15 15:30
15:45 17:00

<料金> ハイブリット車      1組 2,600円(1名様1,300円)
ベンチシート(牽引車) 1台 640円
<備考> ・予約制(2名様からの申込み)
・瀞流荘駅がスタート地点となります。
・原則として往復運行です。
・身長145cm未満の方はご遠慮ください。
・ベンチシートの利用は3歳以下・小学生未満のお子様は保護者同伴でベルト着用です。
※ くれぐれも安全運転でお願いしております。
※出発時間の10分以上前に受付にお越しください。
※5/2~5/6、8/11~8/18、12/31~1/3の期間は運休致します。

【藤堂高虎築城の幻の城】
赤木城は天正16~17年(1588年~)頃に北山一揆を取り締まるために、豊臣秀長の家臣であった藤堂高虎が築城したものです。赤木城跡は天正期の遺構を極めて良好な姿を残しており、近世城郭の原型を示しています。
 藤堂高虎は、豊臣・徳川両政権における重鎮で、築城の名手とうたわれており、赤木城跡はその実績を示しています。石垣は、野面乱層積み(のづららんそうづみ)で反(そり)がなく、主郭(しゅかく)の四隅は算木積み(さんぎづみ)と横矢掛り(よこやがかり)の工法を用いています。築城当時の原形を残した城跡は全国でも少なく大変貴重とされています。

<アクセス> JR熊野市駅から車で国道42号を有馬町から国道311号紀和町方面へ 県道40号 約30分
瀞流荘から 約9㎞  車で約20分

『赤木城跡』写真ギャラリーへ
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【日本ユネスコ プロジェクト未来遺産2012登録】
丸山地区にある棚田(千枚田)
約400年前には2,200枚があったという記録が残されていますが、その後高齢化等により530枚まで減少しました。
しかし1994年「丸山千枚田条例」に制定、そして地元住民と町との協力により、現在は1,340枚を超える程になっています。
5月の水を張った時期や、9月の稲が実った時期の景観はカメラマンの方は必見です。平成11年7月に日本の棚田100選に選ばれました。

<アクセス> JR熊野市駅より車で国道42号を有馬町から国道311号で紀和町方面へ約40分
瀞流荘から 約10㎞ 車で約20分

『丸山千枚田』写真ギャラリーへ
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【大自然が造り上げた渓谷美】
瀞峡は瀞八丁とも呼ばれ、北山川の大渓谷です。
春には新緑、秋には紅葉と四季折々の景観を壮大な断崖とともに自然が造り上げた美しい芸術をぜひご堪能ください。

<アクセス> 小川口乗船場は瀞流荘から約500m
<料金> 大人 2,260円 (途中乗船)
小人 1,130円 (途中乗船)
瀞流荘にてチケットを販売しております。

<問合せ> 瀞峡めぐりの里 熊野川
〒647-1211
和歌山県新宮市熊野川町志古272番地
℡0735-22-6220
瀞峡の里HPへ
『瀞峡』写真ギャラリーへ

【日本で唯一の観光筏下り】
600数十年前から、木材を組んで上流から下流に運ぶ手段として栄えてきた筏流し。
ダム建設や陸上交通の発展により木材を運ぶことを目的とした筏流しは途絶えましたが、筏師や村民の強い想いから、観光筏下りとして筏流しが復活しました。
約1時間10分の筏下りでは、各所に急流スポットがあり、つかめるのは両脇の手摺だけという体制に、目前には川の急流、切り立った岩肌が迫るという恐怖も合いまって、スリル満点です。
降りかかる水しぶきも心地よく、まさに自然を五感でフルに満喫してるという感覚が気持ちをされに高揚させてくれます。
日本古来の伝統でもある筏下り。
貴重になった文化を日本で唯一観光素材として新しくアレンジした水上アクティビティは村の名物であり、夏の代名詞です。

<問合せ> 北山村役場
TEL 0735-49-2331
→北山村 観光サイトへ

【筏師の帰った道】
 川に集められた大量の木材を川下へと運ぶ筏師の仕事は「棹3年、櫂8年」と言われ、磨き抜かれた技と勇気を要求されるものでした。
 北山川流域の筏師は上乗り、中乗り、下乗りといった役割分担があり、中継をしながら河口の新宮へと木材を下しました。
 無事に中継地点や加工の新宮まで筏を流した筏師たちは、筏流しの道具である棹・櫂などを肩に、険しい山越えの道を徒歩で帰っていきました。
 まだ交通網が整備されていなかった頃、その道は集落を結ぶ生活の道として人々が行き来していた道でもあります。
 ダム建設により筏師の姿は見られなくなりましたが、当時筏師が家路を急いだ「筏師の道」は、今もしっかりと残っています。

<問合せ> 当館 瀞流荘
TEL 0597-97-1180

 【木津呂】
 まるで島のような地形ですが、きちんと地続きになっており島ではありません。
 北山川の蛇行が長い年月をかけて生み出した、とても個性的な形の村落です。
 パワースポットとしても非常に有名で、全国各地から旅行客が訪れる名所となっています。
 ベストロケーションである嶋津はなかなか難易度の高いハイキングコースとなっており、木津呂が見える絶景スポットまでの所要時間はおよそ70分。

 <問合せ>  嶋津観光協会
          TEL 050-7001-5299
           →嶋津観光協会ホームページ

【聖地・熊野三山奥の宮】
御祭神は、国常立尊、伊弉諾尊、伊弉冊尊、天照大御神、神日本磐余彦尊です。
創建は、第10代・崇神天皇の御代。王城火防鎮護と悪魔退散のため創建されたと伝えられています。
鎮座地は、大峰山系の霊山の一つ・玉置山(1076m)の山頂近く。
天安2年(858年)に天台宗「智証大師」が玉置山に入山し、その後神仏習合となります。神仏習合時代には、境内に別当寺の高牟婁院をはじめ7坊15ヶ寺があり、「熊野三山の奥の院」として知られ、修験道場として栄えました。「熊野本宮大社」には、玉置神社の遥拝所があったとのこと。上古に、神武天皇がこの地で兵を休め、「十種神宝の玉」を置き、武運を祈願したことから「玉置(たまき)」の地名がついたとされています。

瀞流荘から 国道311号→国道169号経由 約24㎞ 約1時間10分
住所 〒647-1582
奈良県吉野郡十津川村玉置川1番地
TEL 0746-64-0500
→玉置神社のHPへ

【本宮大社】
全国の「熊野神社」の総本山にあたる熊野本宮大社。三山の中でもとりわけ古式ゆかしい雰囲気を漂わせるのが、聖地熊野本宮大社です。熊野参詣道のなかでも、多くの人々がたどった「中辺路」を歩くと、難行苦行の道のりを終え最初にたどり着くのが熊野本宮大社です。平成7年には社殿が国の重要文化財に指定されました。本殿へと続く158段の石段の両脇には幟がなびき、生い茂る杉木立が悠久の歴史を感じさせます。

瀞流荘から 国道311号→国道168号経由 約23㎞ 約50分
住所 〒647-1731
和歌山県田辺市本宮町本宮1100
TEL0735-42-0009
→本宮大社のHPへ

【那智大社】
熊野夫須美大神(イザナミノミコトの別名)を主祭神とする「熊野十二所権現」を祀る。八咫烏(ヤタガラス)が石に姿を変えたといわれる烏石や樹齢850年の大楠がある。無病息災、長寿、所願成就などにご利益があるとされており、熊野三山の中で最も熊野権現造りの風格を伝える。那智山中腹に建ち、周囲を包む山の緑とは対照的な朱塗りの社殿が神聖な雰囲気をかもしだしている。

瀞流荘から 国道311号→国道42号経由 
約49㎞ 約1時間40分
住所 〒649-5301
和歌山県東牟婁郡那智勝浦那智山1番地
TEL0735-55-0321
→那智大社の1HPへ

【速玉大社】
熊野三山の一社として全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮です。夫須美・速玉の二神を祀り、社宝1,000余点を収める神宝館や天然記念物ナギの巨木があります。 特に、孝謙天皇の御世、日本第一大霊験所の勅額を賜り、熊野三山の中でも逸早く『熊野権現』の称号を賜りました。

瀞流荘から 国道311号→国道42号経由 約28㎞ 約1時間
住所 〒647-0081
和歌山県新宮市新宮1番地
TEL0735-22-2533
→速玉大社のHPへ

【日本の滝百選】
熊野川支流の楊枝川の枝谷、布引谷にある落差53mの滑段瀑。日本の滝100選のひとつ。
本宮から国道168号線を新宮方面に下り、途中、熊野川町役場近くで熊野川にかかる三和大橋を渡り、対岸の三重県紀和町へ。
「布引の滝」の案内板を頼りに楊枝川沿いの道路を遡ります。途中、道路沿いに松山滝荒滝の2つの滝があり、荒滝から200mほど行くと、布引の滝が見えます。花崗岩の岩盤に1枚の白い布を垂らしたかのような、音もなく水が流れ落ちる優美な滝です。道路からは3段しか見えませんが、見えない所でもう1段あり、4段の段瀑となっています。
滝つぼ付近まで石段が作られていて、下まで降りていくと(約5分)、落差29mの1番下の段の滝を正面から眺めることができます。

瀞流荘から 約13㎞ 約35分
『紀和の名滝』写真ギャラリーへ

【伊勢神宮の天照大神の親の神様「イザナミノミコト」が祭られている】
花の窟は、神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵です。平成16年7月に花の窟を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されました。
花窟神社(花の窟神社)は日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれており、古来からの聖地として今に続く信仰はあつく、全国から多くの参拝者がお越しになります。花の窟では年2回、例大祭を行います。神々に舞を奉納し、日本一長いともいわれております約170メートルの大綱を岩窟上45メートル程の高さの御神体から境内南隅の松の御神木にわたします。この「御綱掛け神事」は、太古の昔から行われており「三重県無形文化指定」されています。

瀞流荘から 国道311号→国道42号経由 約26㎞ 約45分
→花の窟HPへ

坂上田村麻呂が桓武天皇の命を受けて、鬼と恐れられこの地を荒らし廻っていた海賊・多娥丸(たがまる)を征伐したという伝説が残る鬼ヶ城は、熊野灘の荒波に削られた大小無数の海食洞が、地震による隆起によって階段上に並び、熊野灘に面して約1km続いています。鬼ヶ城センターより、海岸線の遊歩道を歩いて七里御浜海岸までの道のりは片道約40分です。
また、山頂まで続く遊歩道には桜が植えられており、春には2000本の桜が咲く並木道となっております。毎年8月17日には熊野大花火のフィナーレを飾る鬼ヶ城大仕掛けの舞台となります。

瀞流荘から 国道311号→国道42号経由 約27㎞ 約50分
【鬼ヶ城センター】
熊野の四季を感じられるお食事と特産品を取りそろえた、まるごと熊野を体感できる施設です。今年、世界遺産登録10周年を迎える熊野の名勝「鬼ヶ城」に隣接し熊野尾鷲道路・熊野大泊インターすぐ!

1F・カフェ、軽食テイクアウト、売店、観光情報発信コーナー
2F・海の見えるレストラン
3F・240名様収容の団体レストラン
年中無休・営業時間9:00~17:00
鬼ヶ城センターHPへ

リンク集

熊野市観光公社

熊野市観光協会

熊野市紀和鉱山資料館

紀和B&G海洋センター

三重県観光連盟

交通機関リンク集

JR東海

三重交通

熊野交通

国土交通省中部地方整備局

北勢国道(名阪道路情報)

紀勢国道事務所(R42号)

熊野市バス



〒519-5417 三重県熊野市紀和町小川口158  mail : seiryuusou@kumano-furusato.com
〒519-5416 三重県熊野市紀和町湯ノ口10  mail : yunokuchi@kumano-furusato.com