紀州犬の先祖のお話し
むかしむかし、紀の国は阪本村(現三重県御浜町坂本)に弥九郎という鉄砲うちの名人がおった。
ある日、弥九郎が新宮からの帰り道、のどに骨がひっかかり苦しんでいる一匹のオオカミを見つけた。弥九郎はオオカミを助けると、「もし良ければ、お前の子どもを一匹俺にくれんかのう。」と言ってオオカミをはなしてやった。
それからしばらくして、弥九郎の家の前に一匹のオオカミの子がおいてあった。弥九郎はそのオオカミの子にマンという名前をつけ、大切に育てた。マンは立派な猟犬になり、村のみんなに“弥九郎の犬”と呼ばれ、かわいがられた。
ある年のこと、新宮の殿様が、このあたりの村々の鉄砲うちを集めて狩りをすることになり、弥九郎もマンをつれて出かけていった。狩りがはじまり、殿様がそのようすを山の上で見ていると、そこへ一頭の大イノシシが飛びかかってきた。その時、どこからともなく一匹の犬がイノシシに襲いかかり、あぶないところで殿様は助かった。
「あれはだれの犬じゃ?」とたずねると「この犬は、阪本村の弥九郎の犬でございます。」ということで、弥九郎は殿様からたいそうなおほめの言葉とごほうびをどっさりもらって村に帰った。
村では、村中の人々が「弥九郎とマンはたいしたもんじゃのう。」とたいそう評判になったが、ある日、弥九郎のおばさんがこんな話をした。「この犬はオオカミのさずけもんと聞いとるが、オオカミは生きもんを千匹殺すと、しまいには飼い主にもおそいかかるということじゃ。イナゴ一匹でもその数に入るというんやから、もうかれこれ千匹に近かろう、今のうちに何とかせんとえらいことになるぞ。」マンはこの話を聞いていたのか、その夜おそく三回の遠吠えをすると、弥九郎のところから姿を消してしまった。
この弥九郎の犬が、後の紀州犬の先祖ということで、紀州犬はオオカミの血を引いているといわれています。
紀州犬は現在、秋田犬、土佐犬とともに天然記念物に指定された代表的な日本犬です。 |
|