1年前の今日6月2日、今までに経験したことのないつらい体験をしました。周りの人がたくさん理解してくれましたが、根っこの部分の苦しみとはやっぱり自分一人で向き合わなくてはならないものだということを知りました。でもその向き合う勇気を自分に与えてくれるのは、やっぱり周りの人達なんだということも知りました。あれからちょうど1年。あの時の恐怖から100%立ち直れたかどうかは分からないけれど、ちょっとでも前向きに前向きに今という現実を大切に生活することができるようになれたとは思います。

必死に処置をしてくれた医療スタッフ、涙を流してくれた先輩達、そして両親。
あの日自分のためにたくさんの人が必死になってくれました。

回復してから今までの間、良くしてくれた人達のためにも私は元気に、幸せにならなければいけないんだと、今度は自分が必死でした。もう一歩も後ずさりできないようなそんな責任感を強く感じました。でも、気がつけば表面的に幸せに見せる方法ばかり探していたような気がします。
自分の望む幸せの形ではなく、大切な人達が望んでくれることがあれば、いつもそうありたい、安心してほしい、喜んでほしい、素晴らしい感情のはずのものがなんだかひとりよがりな押しつけがましいものになっていました。

感謝する気持ちを大切にするなら、今はやっぱりもっと自分自身を取り戻して、素直に自由に生きたいと思います。自分を大切にして、つくりものの笑顔ではなく本当の笑顔で大切な人達のそばにいたいです。

なんだ、そんなことにこだわっていたのかと、この文章を読んで笑われそう。
そうして、私の中でも周りの人達の中でも1年前の恐怖がもう過去のものとなっていくのかも知れません。恐怖は忘れて、感謝は心に留めて、自分で納得できる幸せになれるように努力して、恩返ししたいのです。

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