伊賀街道・長野氏城跡を一緒に巡りましょう

美里ボランティアガイド会


【美里のみどころ】


五百野皇女碑 
伝承の時代の齋王「五百野皇女」はこの地で亡くなられた。 写真の丘陵には、高宮神社があり、ここに祀られているという。
碑は、丘陵近くの田に陵墓としてあったが圃場整備により現在地に移された。
日本書紀によると、五百野皇女は第12代景行天皇の皇女で、日本武尊の姉にあたり、名を「久須姫」という。
齋王として伊勢の地で神宮の祭祀に励んでいた。任を終えて都への帰途、病におかされこの地で静養していたが、看病の甲斐なくお亡くなりになった。
ここの地名「五百野」「高宮」も皇女の名に由来したもの。

長野氏城祉 
高さ540mの山頂を利用して築かれた。 山頂からは津の町や伊勢湾が望める。
城跡の周囲は急斜面が続さ、天然の要害になっている。
また、東の城・中の城・西の城は、標高230m「じょうやま・経塚」と地元では呼ぶ。
階段状の台状地・堀切・土塁などがよく残っている。
ガイド会が道を整備している。
家所城跡
空堀や土塁が良好な状態で保存され、山の頂上は広く平らになっている。
つぶてに使った石が固まっておいてある様子を見ることが出きる。

義犬塚 
長野トンネルの近くにお堂が建っている。
犬が自らの命と引き替えに主人を助けた話しが残っている。

めなし地蔵
北長野細野の奥にある。
眼病に効くと言われる水が山から出ている。
毎月24日には例祭が、4月7月には大祭が行われる。
長野宿
伊賀街道長野宿には、延焼を防ぐ「火除の土手」も残されている。
藤堂高虎は津城と伊賀上野城を結ぶ全長45.3qの伊賀街道を官道として整備。
この街道には、前田(片田)、長野、平田、平松の5つの宿場が置かれた。
伊賀街道は伊勢から奈良、京都へ水産物が運ばれ、伊賀からは種油、綿などが、運ばれた。
宿場町の町並みを火災の延焼から守る高さ約4mの火除の土手が一部残っている。
宿場町や長野氏城の資料は美里ふるさと資料館に展示されている。

長野峠明治のトンネル
長野峠は時代の変遷と共に3つのトンネルがある。
明治、昭和、平成と時代の変化による交通のために造り替えられた。
明治のトンネルは荷車程度の交通、昭和のトンネルは大型の車がすれ違うことが出来なかった。


ジャンボ干支
辰水神社の「ジャンボ干支」は、昭和61年から「ふるさと愛好会」が制作。
現在3回目、親子シリーズで製作、お正月には、この巨大干支を見ようと遠くからの参拝者が訪れる。
美里地域や津の町で、今までに作った作品が飾られているのを見ることも出来る。
金比羅さん
羽の生えた木像、地元では金比羅さんとして信仰されている。
金比羅さんの開祖が全国を行脚している姿に羽根をはやしたものとして造られたと考えられる。

南長野のイルミネーション
毎年趣向を凝らしたイルミネーションが夜空を輝かせています。
今年は、宇宙戦艦大和をメインに据えました。



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