福專寺の歴史(略)
開基(創立)永正四年(1500)
永正四年十一月、 浄光寺(三重県安芸郡河芸町)の草庵道場であったが、僧『海了』が
本山專修寺より寺号を下付され、本堂を建立し初代の住職となる。
開基(永正四年)以来、天保六年(1835)『室井法閑』住職までは不詳であるが、
この二月に本堂大破し、檀信徒の懇志により再建する。
* 地元の古老達の言い伝えによると、この『法閑』住職以前は「福專寺」はもと「福泉寺」と書き、
本堂は「天文年中(1530年頃)隣村の一志郡嬉野町森本字日川より移築された」と言われている。
明治五年、 『法閑』住職寂後無住となり、明治の廃佛毀釈の対象となり当寺は廃寺となる。
明治十三年十月、 『高野寛祐』師(一志郡高岡村光臺寺衆徒)が当寺の再興復旧の旨を所轄官庁に出願する。
同年十一月、 再興の許可を蒙り、復興。『寛祐』住職となる。
明治十四年五月、 草屋本堂大修繕。
明治十六年、 庫裡修理。
明治二十三年、 梵鐘を鋳造し鐘楼堂新築落慶、ようやく寺院らしい形態が整う。
明治四十二年、 草屋の本堂を瓦葺きとなす。
明治四十三年一月、『証海』住職となる。
昭和三年四月、 『教導』住職となる。
昭和十二年三月、 山門を世話方の懇志のみで落慶
昭和十九年、 『教導』住職戦死。
以後、隣寺の浄明寺住職『福山洋音』師が代務住職となる。
昭和二十六年七月、 現住職『上田智海』嬉野町合ヶ野「長楽寺」より入寺。
昭和五十年九月、 参道、石段の改修工事。
平成四年三月、 本堂の老朽化に伴い、檀信徒の懇志により改築落慶。
平成十三年二月、 庫裡を檀信徒の懇志により改築落慶。
平成十三年三月、 住職自らの自宅を十年がかりで建てる