ボクらの引力






枝の間から、緑のやわらかい光が降り注いでる。
風はさわやか。
石でできたバルコニーは肌に冷ややかで、ぼんやりと座っているのに丁度いい。

ここは名産物博物館。
今日は休館日だから、私たち家族以外誰もいない。
とても贅沢な時間。
贅沢な空間。


正面玄関前の芝生から、子供たちの声。バルコニーからよく見える範囲ではしゃいでいる。鬼ごっこでもしているのか、さっきからゲレゲレを追い掛け回している。ゲレゲレは面倒臭そうに逃げまわっているけど、子供たちの足にはそのくらいが丁度いいらしい。白熱した試合になっている。

「やってるねぇ」
今まで中でゆうじいさんに話を聞いていたテスがバルコニーに出てきて、鬼ごっこを見て笑う。そのまま私の横にふわりと座った。
「待たせてごめん」
「平気。テスに待たされるの、慣れてるから」
はは、とテスが困ったように笑う。そういう笑い方が、好き。
「私ね、すごく幸せ」
笑いかけると、テスは静かに笑い返してくれた。
「夢が全部叶ったの。私ね、初めてここに来たとき夢がいっぱいあったの。全部叶ったの」
「どんな? 聞いた事なかったよね?」
「ほら、初めてここに来たときって、グランバニアを目指してる時だったでしょ? まだテスが王子様だなんて分からなかった頃」
「うん、そうだった」
テスはうなずく。
「だから、グランバニアについたら、小さな家でテスと、いつか生まれる子供たちと、お義母様と一緒に笑って暮らせればって思ってたの」
「……叶ったの?」
テスは訝しげな顔を私に向ける。
「叶ったわよ。……まあ、確かにお義母様の事は残念だったし……家も全然小さくないけど、まあ、そこは誤差の範囲内よ」
テスはお腹を押さえて、くくっと笑った。
「笑わなくてもいいじゃい」
「いやいや、ビアンカちゃんのそんな大胆なところが好き」
テスは笑いながら、口を尖らせる私を抱き寄せた。
「叶ってよかった?」
「うん」
私たちは玄関前ではしゃぐ子供たちに視線を送る。疲れを知らないのか、まだ走り回っている。ゲレゲレは呆れたのか飽きたのか、木陰で丸まっていた。
「いいよね、あいいうの。ゲレゲレらしいよね」
「そうねー」
「ボクも小さいとき、よくゲレゲレと鬼ごっこして、最終的に飽きられてさ。……繋がってくんだね、こういうの」
私はうなずく。
「こういうのって幸せねー」
「ビアンカちゃん」
「なぁに」
声をかけられてテスを見ると、テスはバルコニーにころりと横になった。
勝手に私の膝枕で。
「あらあら、甘えん坊だこと」
呆れて言いながら、私はテスの髪に触れる。少し固めの、さらさらの髪。黒い髪は太陽の光を集めて暖かい。
「呆れた割りにはやさしいね」
「何とでも言って」
テスの鼻をつまんで、私は口を尖らせる。
「それに……私がテスに甘いのは今に始まったことじゃないでしょ」
「そうだね」
多分、私の顔は今きっと真っ赤なんだろう。ちょっと顔が熱い。そんな私を見て、テスは笑う。


信じられない気分。
こんなに穏やかな時間を過ごせるようになるとは思ってなかった。
そして、穏やかに過ごしても、全然退屈しないなんて。
私病気じゃないのかしら。
テスと一緒に居るようになって随分たつのに、まだドキドキできるなんて。
それどころか、どんどん好きな気持ちが加速するなんて。

「私テスといると落ち着けないみたい」
「えぇっ!?」
「だってドキドキするもん」
「……」
ショックを隠しきれなかったテスの顔が、みるみる呆れ顔になっていく。大きく息を吐いてから、私を見た。
「ドキドキする?」
「うん」
「じゃあさ」
そこまで言うと、テスはいきなり起き上がる。そのまま体を反転して、私の肩に手をかける。
「きゃあっ!」
世界がぐるんと回転。
視界に広がる空。
私は横たわるテスの腕のなか。
「……もぅ」
私は隣で笑っているテスを睨む。
「ドキドキした?」
「したわよ。ビックリした!」
「ボクもドキドキした」
「怒られるって?」
まだ睨んだまま言うと、テスは無言で私を抱き締めた。
「好きすぎて」
耳元で囁くと、テスは私の髪に顔を埋める。しばらくそのままじっと動かなかったテスは、やがて大きく息を吸って、それからまた囁く。
「ビアンカちゃん」
「何」
テスの髪に手を伸ばして触れる。
「凄く好き」
「……ありがと。……私も、好きよ。とっても」
「ボクら、たぶん生まれるずっと前、きっと一つだったんだね。だから、こんなにひかれるんだよ」
「気障」
笑う私に、テスはかまわず口付けた。
「どうにかしてこの気持ちが伝えられたらなぁ……。何を言っても嘘みたい。足りない。ぴったりじゃない」
「ぴったりじゃなくていいから、たくさん言って」
私はテスの胸にこつんと額をつける。暖かな気分。ドキドキするのに、幸せ。
これって、たぶん物凄く贅沢。


そっと目を閉じる。
目蓋の裏に、オレンジの光。
たぶんこれは、幸せの色。






ひゅう、という音に目を覚ます。いつのまにか眠っていたみたい。開いた目に、眩しい光。真っ青な空。
テスは私を抱えたまま、まだ眠っている。
ぼんやりした頭。
辺りを見てみると、ソルと目が合った。隣にはマァルがいて、二人ともにこにこ笑っている。
ソルが口笛を吹いた。
さっきのひゅう、という音はソルの口笛だったんだ、と寝呆けた頭でようやく理解する。
「お母さんとお父さん、いつも仲良しだよね」
「わたし、うれしくなっちゃう!」
ソルの言葉をマァルが引き継いで言うと、胸の前で手を組んで目を輝かせる。
「わたしも大きくなったらお母さんみたいな可愛いお母さんになりたいなぁ」
「可愛い?」
まだぼんやりしたまま、私は聞き返す。
「うん! お母さんって、ぼくらと居る時はお母さんだけど、お父さんと居るときは……なんていうのかなぁ? えーと、そうだ!」
しばらく考えていたソルは、わかった! ってうれしそうに顔を輝かせて叫ぶと、マァルと顔を見合わせて笑った。そしてマァルと一緒に叫ぶ。
「お姉さん!」
「え? え? ……えぇっ!?」
驚いてソルとマァルを見る。二人は手をたたきあって「お姉さん」だとか「可愛い」だとか言って踊るような仕草をする。
「……っ」
隣のテスが必死に笑いを堪えているのに気付いた。肩が小刻みに震えている。
「あ、もうダメ」
テスはそう呟くと遂に爆笑。寝転がったまま、お腹を抱えている。肩まで小刻みに震えている。
「笑いすぎよ」
私は口を尖らせてテスの髪をひっぱる。テスはそれでもしばらく笑っていた。
「ねえ、お父さん」
「何」
「お母さんのこと、好き?」
「そりゃ勿論」
マァルの問い掛けにテスは即答すると起き上がった。
「大好きだよー」
にへっと笑って、テスは私を抱き寄せる。
「勿論、マァルもソルも大好きだよー」
テスは二人に言うとにっこり笑ってみせる。
二人はうれしそうに笑うと、私とテスにじゃれついてくる。

あぁ、私が欲しかったもの。
これだ。
この時間が永遠であれば。
「ねえ、信じていいかも」
「何が」
「私たちが、ずっと前ひとつだったからひかれあうってやつ」
「気障だったんじゃないの?」
「いいのよ、テスは前から気障だから」
私は笑うと立ち上がる。ソルとマァルの頭を撫でる。
振り返ると、テスは私たちをみて微笑んでいて。

たぶん。
私たちは全員で引き合っている。









さわ様のリクエストは「いちゃつくテスとビアンカをからかう子どもたち」でした。

……。

どこがどうなってそのリクエストに答えたつもりじゃー!!!

という出来ですけど、これでよろしかったでしょうか、さわ様。
……お待たせした上にこんなもんでホント申し訳ないです。反省反省。
え? 85000ヒットって7月!? 今2月!? 半年!? マジで!?!?

ほんとごめんなさい。返品可です。