『真っ白な世界』



「前から聞いてみたかったんだけどー」
彼女はジャガイモの皮を剥きながら彼の方を見る。器用なもので、手元を見ていなくても皮はするすると剥けていく。慣れているからか、彼の方も驚くことなく彼女の方を見た。
「なんでしょう?」
そう答え、彼の方はナイフを置く。彼の格闘しているのは骨付きの鶏肉で、流石に手元を見ずに作業を続けるのは少々問題があったからだ。
「ずーっと前の話で申し訳ないんだけどさー」
彼女はたいして申し訳なさそうには聞こえない口調で、前置きをしてから続ける。
「リュッセが賢者になるときに、『悟りの書』を読んだでしょ? あれって、何が書いてあったの? もうそろそろ時効だと思うから聞くんだけど」
彼女の好奇心に彩られた瞳は大層きれいだ、と彼は思いつつも苦笑する。
「リッシュの期待に副えるような内容ではないですよ」
「何? 私じゃわかんないとか言いたいわけ?」
「そういうわけじゃないですけど」
ぷう、と頬を膨らませる彼女に、彼は再び苦笑する。彼女の、いつまで経っても子どもっぽいところはとてもかわいらしいと思う。沢山ある魅力のうちの、ひとつだ。
「どうせ読む機会なんてないから、ズルだってしようがないしさ、いいでしょ? 教えてよ」
再び気持ちを持ち直したのか、瞳を輝かせるようにして彼女は彼を見た。
光を湛えた瞳がキラキラと輝いている。
「別に、貴女がズルをするような人ではないことは良く知ってますし、疑ったりしませんよ」
彼は困ったように笑った後、肩をすくめると、あきらめたように大きく一度息を吐いた。
「誰にも言っちゃだめですよ?」
口元に、人差し指を持っていく。
ないしょ、というジェスチャー。
彼女はソレを見てくすくす笑った後、大きく頷く。



「あれね、最初以外は全部白紙なんですよ」



「えええええええええ!?」
彼があっさりと語った事実に、彼女は思わず大声をあげる。
「嘘、うっそだー! そんなの無いよ!」
「いや、嘘ついても仕方ないでしょう」
「だってあんなに分厚くて! リュッセすごく時間かけてっ! 第一、初めて手に入れたときぱらぱらーってめくったとき『これ大変そうだ』とか何とか言ってたじゃない!?」
「言いましたけど」
「だったらなおさら白紙っておかしいでしょ!?」
「白紙だから、大変なんですよ」
彼は苦笑しながら答える。それ以外に説明のしようが無い。
「えー、どうして? 白紙なんだったら、ぱらぱらーってめくって終りじゃない」
彼女は納得出来ない、と口を尖らせ彼を軽くにらむ。
「ですからね」
彼は説明するためにしばらく考えた後、再び口を開く。
「つまり、最初のページには問いかけが書いてあるんですよ。あとのページは真っ白で、その問いかけに対する答えを自分で考えるんです」
「じゃあ、一枚の紙でいいじゃない」
「考えた過程を書いたりする、まあ、分厚いメモ帳みたいなもんですよ、アレは」
世の賢者を目指す人間が聞いたら卒倒しそうなことを言い、彼は再び笑ってみせる。
「じゃあ、リュッセはどんな問いかけに、何て答えたの?」
「ソレを言ったらおしまいじゃないですか?」
「私は賢者にならないから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのだろうか、と思わないでもなかったが、彼は頷いて見せた。
「僕が手に入れた悟りの書の問いかけは二つ。一つ、世界とは何か」
「何て答えたの?」
「世界とは認識である」
「わかんない」
「まあ、僕の答えですし、説明は大変判りづらいと思いますから端折ります」
「ぜひそうして」
彼女は苦い顔をして見せた。
考える、ということ自体は苦手ではないし、理解することだって出来る人ではあるのだが、時折、全面降伏が酷く早いのだ。
「で? もう一つは?」
「二つ、愛とは何か」
「うわあ」
彼女はそういうと頬を染める。
「何て答えたの?」
「それ聞きますか」
「すっごい聞きたい」
「聞くのも答えるのも野暮じゃないですか?」
彼は眉を寄せ、口を尖らせる。思考して答えを出すのはなんとかしたが、それで至った答えを口にするのは少々恥ずかしい。
「んー、そうかも」
「貴女なら、何と答えますか?」
「愛?」
「ええ」
彼女はしばらく宙に視線をさまよわせた後、一つ頷く。
「そうだね、こうする」
手に持っていたジャガイモとナイフをテーブルに置くと、彼女は椅子からひょいと降りる。そのまま彼の元にやってくる。
軽く口付けし、そのあと抱きしめる。
彼の胸に顔をうめ、一度大きく息をする。
やがて顔をあげ、彼の目をじっと見た。
「私の答えは、こんな感じ」
「パーフェクトなんじゃないですかね?」
「それだけ?」
彼の返答に、彼女は少し不機嫌そうな声を上げる。
「今手が汚れてますのでね、抱きしめ返すのはまた後で。ゆっくり、たっぷりめに」







140000ヒット・ボロ様のリクエストは「リッシュとリュッセ(絵でも文でも)でした。
07年10月5日の話だそうです。


おっそ!!!(現在09年1月4日)


何とまだ全然お話の方は最後まで行っていないのに、コレはクリア後の二人の話です。何と無謀なことか私よ。
無駄にいちゃべたしているのはそういうことなのです。

こんなのでよかったでしょうか? 返品可ということで。